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演奏会感想

7/13「スウェーデン音楽の調べ vol.5・東方への憧れ」について、ブログなどに記事を書いて下さった方がいらっしゃいますので、ご紹介させていただきます。ありがとうございました。

とんぼさんの音楽ざんまい
http://dnaga-ars-happy.at.webry.info/200807/article_6.html

愛唱会きらくジャーナル
http://blogs.yahoo.co.jp/yhakrymd/41536945.html

難波芳之 〜ヴィオラLife〜
http://viola2002namba.blog21.fc2.com/blog-entry-37.html

カワイ音楽振興会
http://kawai-kmf.com/concert-info/2008/07.13/report/

7/13「スウェーデン音楽の調べvol.5・東方への憧れ」裏編(その2)

 今回のコンサートは、皆様、ご存知の通り、テーマが「オリエンタリズム」でした。
 さて、実際に聴かれた方からは、音から、あまり「東洋」のイメージが伝わらず、思っていたもの(期待していたもの?)と違った、というご意見もいただきました。
 私個人と致してましては、音楽に関して、あまり言葉による説明をするのは好きではないのですが、それに関して、演奏してみた側からの感覚も交えて、少しだけお話しさせていただきます。

 所謂、東洋をイメージするシンボルとも言える音は、今回、漢詩、和歌をモチーフとした作品の中には、ほとんど出てこなかったと思われます。それは、彼らが、もっぱら「文字」によるイマジネーションから音楽を作り上げたからでは、と私は考えています。公演の前の記事で書かせていただきましたが、漢詩をドイツ語にしたベートゲ、スウェーデン語にしたブロムベリ、そして和歌をスウェーデン語にしたエングルンド、それぞれの翻訳のスタイルは違っています。
 まず、ベートゲのドイツ語訳は、翻訳というより翻案で、李白の詩を欧州風の叙情詩に書き換えたもの。その詩を音楽にしたシェーグレン、フォン・コック、フルメリの歌曲は、むしろ、ドイツリートにも近いものに感じられたのでは、と思います。それは、そういった詩の性格を音楽が表しているとも言えるでしょう。
 同じ漢詩の訳でも、ブロムベリの場合、そのスウェーデン語訳は直訳に近い翻訳です。今回取り上げた極東をモチーフとした歌曲の中で、ひょっとするとルーセンベリのみ、「1.春の歌」「6.受降城の城壁から流れる夜の笛を聞きながら」などで、かすかに東洋のシンボル的な旋律が聴かれるのは、その為かもしれません。
 和歌の世界をスウェーデン人に分りやすく伝えようとしたように感じるエングルンドの詩に音楽をつけたカルコフの歌曲。こちらは、作曲者カルコフの日本人の詩人の感覚に対する共感をも感じられる作品のように思います。所謂、シンボル的な日本をイメージする旋律が出て来るわけではありません。しかし、季節感を大切にし、そして自然の中の音を聞くことで静寂をも楽しむような日本人の音の感覚、それをスウェーデン人とも共通する感覚に感じられる詩を選び、そして音にしたのがカルコフの作品のように感じます。そういう意味では、演奏してみて、個人的にはこの作品がもっとも作曲者の「心」に近く感じた曲でした。
 さて、では中東をモチーフとした作品ではどうだったでしょうか?お聴きになられた方は、アッテルベリの組曲第一番「オリエンタル」、そして、カルコフの4手の為の東洋の絵 では、中東の地域をイメージする旋律に気づかれたのでは、と思います。アッテルベリは、この作品を書くにあたり、ラビからユダヤの百科事典を借り、実際に、そこで見つけたユダヤのメロディーを使っているそうです。そして、カルコフの「東洋の絵」は、作曲者がイスラエルを旅した後で書かれた作品です。漢詩、和歌をモチーフにした作品について考え、演奏した後、こちらの2作品を演奏してみた筆者は、そのアプローチの仕方の違いに、暫し、困惑し、インスピレーションを湧かせるのに頭の切り換えが必要でした。つまり、前者が専ら文字によるイマジネーションから生まれた音楽であるのに対し、後者は視覚や聴覚のイマジネーションを強く感じるのです。慌てて、イスラエルの民族音楽をCDで聴いてみたり、イェルサレムの写真集を見るなどの作業で、自分の演奏のイメージを作り直しました。

 以上が、演奏しました側の個人的な考えです。もちろん、聴いて下さった方々が受け取られた感覚が、演奏した側と違っても良いわけで、皆様、どのようにお感じになられたのかしら、と思っております。
 実は、今回、聴いていただきたかったのは、民族ロマン主義といわれる時代より後の近現代のスウェーデン作曲家でした。(といっても、1960年代の作品まででしたが)「近現代」の音楽作品、というと、どうしても“分りずらい”という印象を持たれがち。そこを、少しでも親近感を持って音楽に入っていただこう、と思い、考え出したのが「オリエンタリズム」というテーマでした。聴いて下さった方、いかがだったでしょうか?お楽しみいただけていましたなら、幸いです。そして、同じ時代のスウェーデン以外の国の作曲家の作品にも、合わせて興味を持っていただけましたなら、たいへん嬉しいです。
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最後に、当日、ホッとした打ち上げの様子を少しだけ・・・

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一番左は、第7人目(第1人目?)の演奏者ともいえる、当日のピアノ調律を担当して下さった日下部嘉明さんです。日下部さんが用意して下さった音がなければ、当日の演奏はできませんでした。演奏会が終了するまで演奏者と一緒に緊張感を持って下さっている(ですよね?>日下部さん)のも、日下部さんが演奏会に参加して下さっている証拠です。

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一番左は、チェロの海野幹雄さんの奥様でピアニストの海野春絵さん。お二人のデュオによるリサイタルが、9月14日(日)2:00@東京文化会館小ホールで予定されています。そちらも、是非、お聴き逃しのないように!
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7/13「スウェーデン音楽の調べvol.5・東方への憧れ」裏編(その1)

7_13q演奏会当日、会場ホワイエにて、森由美子さんによる、スウェーデン風フラワーアレンジメントと、スウェーデンにまつわる展示が行われました。

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同じく会場ホワイエにて。当日の演奏会プログラムの中の歌曲作品の歌詞にまつわる本。

7_13p今回、ご紹介できなかった、スウェーデン作曲家によるオリエンタルに関する音楽作品。

♪♪リハーサルより♪♪

7_13g今回の連弾曲、手はこんなになっています・・

7_13k真剣そのものの、向野さん。結局、最後の曲(タンバリンとトライアングルとカスタネットで参加!)がご本人、一番緊張したとか・・・

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7/13「スウェーデン音楽の調べvol.5・東方への憧れ」

7月13日(日) 14:00開演
於:東京オペラシティ・リサイタルホール
■出演者
江尻南美(pf/正メンバー) 向野由美子(ms/正メンバー) 和田記代(pf/主宰)
荒井絵梨(vn/賛助出演) 鈴木千保(vn/賛助出演) 海野幹雄(vc/賛助出演)
■曲目
W.ペッテション=ベリエル:ノルランド風ラプソディ
H.ルーセンベリ:「14の中国の詩 」より
H.ルーセンベリ:主題と変奏
E.シェーグレン:月光の中の階段
S.フォン・コック:蓮の花
G. ド・フルメリ:「4つの中国の歌」作品66
A.アッテルベリ:組曲 第1番「オリエンタル」(Pカルテット版)
W.ステーンハンマル:ランプのアラジン王子
M.カルコフ:4手の為の「東洋の絵」 作品66d
M.カルコフ:10の日本のロマンス 作品45
W.ペッテション=ベリエル:オリエンタル・ダンス (編曲:和田記代)
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<当日、コンサートを聴いて下さった方の感想です>

「スウェーデン音楽の調べvol.5を聞いて」
 只今コンサートから帰って来たが、まだコンサートの感激が冷めやらぬまま、いろいろな音が耳に残っている。
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オペラシティのリサイタルホールで行われた、今年で5回目になるスウェーデン音楽の調べ。会場はたくさんの人で熱気にあふれていた。
まず江尻南美さんのソロピアノで始まる、少しグリーグっぽい曲調のペッテションの「ノルランド風ラプソディ」。楽しい北欧のお祭りを描写したようなオープニングにふさわしい曲で、変化の富んだ音色の江尻さんのピアノにため息。今日はまたピアノ(カワイコンサートグランド SK-EX)の音が素晴らしい。豊かな広がりをもった暖かい音の中に、北欧のつーんとした冷たい空気も感じられる、奏者の想いをそのまま伝えてくれそうな大変良く調整されたピアノだ。
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 続くルーセンベリの「14の中国の詩」は一気に極東に飛び、漢字の世界へ。向野由美子さんののびやかな歌声が心をつかむ。和田記代さんのピアノがその歌をあるときは静かに支え、あるときはもう一つの歌声となって他方の歌と絡み合う。「長相思」と「塞下曲」は圧巻。その後の「春眠暁を覚えず」でその興奮を抑えて静かに曲を閉じた。
 同じルーセンベリの「主題と変奏」。江尻さんのピアノを聞くと、音楽が「時間」の芸術だとわかる。最後のフレーズまで丁寧に丁寧に、音を紡んでゆく。
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 次に向野・和田コンビにバイオリンの新井絵梨さんが加わり、李白の漢詩を基にした歌曲が始まる。音程を自由に変えられるバイオリンが、またもう一つの声のように2つの声に分け入る。弦の音が入ると音楽がさらにぐんと広がり、人声を含む3つの楽器の息の合った、でも少しずつ主張の違った生の演奏が人間っぽくて楽しい。
もう1曲、李白の詩からフルメリが作曲している。李白の時代の中国を一生懸命イメージして聞いてみるが、遠いスウェーデンから想像するとこんな感じなのか、とそのギャップに驚きながら、向野さんの歌声の中に自分のイメージの中国を探してみる。これはとんでもなく難しいことなのではないのか?日本人の歌手が自分の想像を殺して、20世紀を生きた北欧作曲家のイメージする中国を歌う。そんなことを考えながら聞くと、歌声が北欧とアジアを行ったり来たりした。会場に「ブラボー」の声が響き、1部が終了した。

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不思議な感覚を覚えながらのしばしの休憩のあと、2部のオープニングでは突然アラブの世界へ。先ほどの荒井さんに、もう一人バイオリンの鈴木千保さんとチェロの海野幹雄さんが加わり、ピアノの和田さんとの四重奏。こちらは私たちのイメージするアラブ音楽と同じで、全く違和感がない。弦の重なり合う重厚な音に、親しみやすいメロディ。演奏者の中でただ一人の男性、海野さんが音楽のベースを支え、リズムの安定した楽しい演奏に心地よく聞き入った。
そしてこの会の名前になっている「ステーンハンマル」の「ランプとアラジンの王子」。ランプを失ったアラジンはただの人。他力本願では幸せになれない、という戒めを表すという解説を読むと、せめて物語の中だけでも夢を見させて、と言いたくなるが、もちろん起伏の富んだワクワクするような演奏で堪能した。全く向野さんのあのスマートな肢体から、どのようにしてあんなに声量のある素晴らしい「音」が出せるのか。ころころ転がる音からポルタメントの利いた艶っぽい音。そしてそこに変幻自在の情熱的な和田さんのピアノ。テクニックを超えたテクニックで幾多の表現を駆使して聞く者を魅了する。このお2人の個性がぶつかり合って対話する。そんなアンサンブルに聞く方はたまらない魅力を感じる。
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続くカルコフの「東洋の絵」は江尻さんと和田さんの連弾で。この曲は視覚や聴覚からのイマジネーションが感じられる、とあるが、私にとっては今日のコンサートの中で一番難解であった。イスラエルというまだ見ぬ国の情景が、無調性の音楽のなかで自由に行き通っているような感覚に捉われた。
同じカルコフの「10の日本のロマンス」は日本人として大変興味深く、また舞台前面に毛筆で書かれた短歌が映し出されたので、どっぷりと詩の中に浸かった状態で、またもや自分の中の日本と、北欧のイメージする日本の情景と心を比較しながら聞いた。ここは静寂と押し殺した感情で表現するべきところ(と私が思う)部分で、軽くひらひら舞いあがったり、激情を表して欲しいところで意外とあっさりやり過ごしてしまったり、と2つの文化の解釈の違いが面白かった。
ラストを飾る曲は、出演者全員によるペッテションの「オリエンタル・ダンス」。演奏者の表情が生き生きとして演奏を心から楽しんでいる。かわいい打楽器も加わって、親しみやすいメロディに聴衆の表情も和む。
 ピアノソロ・連弾、歌に弦、と趣向を凝らした変化のある構成で、また今回は「オリエンタル」を主題に、新しい世界を見させてもらった。プログラムのスウェーデン大使の言葉にあったように、まさに「若き才能溢れるグループ」による素晴らしい演奏の数々で、充実した午後だった。スウェーデンと日本との文化の交流に、これからもさらに貢献されていくよう期待したい。7_13e
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当日のコンサートを聴いて下さった方、感想をブログコメントやメールにていただければ光栄です!

いよいよ明日!

  日付変わって、今日は12日。「スウェーデン音楽の調べ vol.5・東方への憧れ」もいよいよ明日になりました。
 開催にこぎ着けるまで、ご協力下さった皆様には、深く感謝申し上げます。出演者たちも気合い充分!本日12日は、最終リハーサルで、がっちり準備して参ります!
 当日13日(日)午前10時までに、メールにてご予約下さった方は、前売料金とさせていただきますので、来て下さると決まっていらっしゃる方は、どうぞ、お名前と枚数だけ、メールをいただければ、と思います。
 開演は、13日(日)午後2時、会場は東京オペラシティ・リサイタルホールです。一人でも多くの方と、会場でお目にかかれますことを祈りつつ・・・我々は、音楽に没入致します!
 

ラーシュ・エングルンドの場合

漢詩のドイツ語訳をしたハンス・ベートゲ、そして、漢詩のスウェーデン語訳をしたエリック・ブロムベリのお話をしましたが、今日は、和歌のスウェーデン語訳をしたラーシュ・エングルンドについてです。
  7/13「スウェーデン音楽の調べ vol.5・東方への憧れ」でとりあげるモーリス・カルコフ:10の日本のロマンス 作品45 の歌詞は、ラーシュ・エングルンドによる、和歌のスウェーデン語訳です。エングルンドは、ベートゲ同様、原語である日本語の素養はなかったと思われますが、万葉集や古今和歌集などの英語訳をもとに、スウェーデン語の和歌集をつくりました。「自由な訳」と銘打っているように、韻律には捕われない、自由な訳ではありますが、ベートゲの「中国の笛」のように、欧州流に組み立て直した訳とは違い、エングルンドが英語訳から受け取った感覚を、できるだけそのまま、スウェーデン語にした、という雰囲気に感じられます。現代のスウェーデン人からみると、たいへん自然なスウェーデン語になっているそうですが、万葉集や古今和歌集を見れば、私たちの感覚からいけば「古い日本語」のイメージなため、その時点で、スウェーデン人がエングルンドの詩を見た感覚と、私たちが和歌を見た感覚には、差があるかもしれません。しかし、誤訳も多いものの、もとの和歌から感じる、微妙な季節感や人の心の動きを、繊細に捉えようとした彼の詩には、私には、日本人の感覚との共通点を感じます。(と、言いつつ、どれだけ私にスウェーデン語の鑑賞能力があるのかは、甚だ疑問なのですが。)
 スウェーデンでは、日本の俳句に興味を持つ人もいるそうで、スウェーデンの著名な作家、トランストローマー(Tranströmer)は、スウェーデン語による俳句も書いているそうです。
 寒い冬から春がやって来た喜びが大きなスウェーデン。季節感を大切にする彼らの感覚と、季語を用いる文学の文化を持つ日本の感覚、何か共通点があるのかもしれないですね。
 モーリス・カルコフの「10の日本のロマンス」の音楽の中からも、そんなものを感じていただくことができれば、と思います。一人でも多くの方に、お聴きいただければ光栄です!
 演奏会のご予約は、→こちら まで!

エリック・ブロムベリの場合

 漢詩のドイツ語訳をしたハンス・ベートゲのお話をしましたが、今日は、漢詩のスウェーデン語訳をしたエリック・ブロムベリについて少々。
  7/13「スウェーデン音楽の調べ vol.5・東方への憧れ」でとりあげるルーセンベリ:14の中国の詩 の歌詞を書いたのは、スウェーデンの詩人、エリック・ブロムベリです。この歌詞のもととなった本「Jadeberget(翡翠の山)」によると、彼は、若かりし頃、世界中の詩をスウェーデン語訳したいと思い、様々な言語を勉強した、とのこと。漢字についての説明や、李白、杜甫など、漢詩詩人の解説もあることから、漢詩について彼なりの研究をした上の翻訳であるようです。しかし、中国語は、専門家でも投げ出すくらい難しい・・とかなんとか書いていて(私のスウェーデン語解釈も、怪しいのですが・・多分、あっていると思う。)結局、ウィッター・ビナーの英語訳をもとに漢詩をスウェーデン語にし訳しました。このウィッター・ビナーの漢詩英語訳「The Jade Mountain」は、唐時代の漢詩からピックアップされたものを、中国人のアドヴァイザーのもと、もとの漢詩にかなり忠実に英語訳されています。そして、ブロムベリは、その英語訳をまたたいへん忠実にスウェーデン語訳しています。(その分、スウェーデン人の方からみると、多少、不自然なスウェーデン語になっている感じもあるそうですが。)
 そんなわけで、原典となる漢詩を探すのも、あまり難しくありませんでした。

 このベートゲとブロムベリの訳し方の違い、というのが、如実に音楽にも出ていると思います。どういう風に音楽に表れているかと言うと・・・それは、是非、実際にコンサートでお聴きいただければ、と思います!
 コンサートのご予約は、→こちら まで。

ハンス・ベートゲについて訂正

前の記事のハンス・ベートゲの「中国の笛」ついて、180人以上の作曲家が作曲した、と書きましたが、180人以上の人が作曲したのは、「中国の笛」だけでなく、ハンス・ベートゲの作品全体を入れて、の話のようです。誤解を招くような記述をしてしまい、申し訳ありません。
ベートゲは、日本の詩に関する作品も残しており、異国情緒に溢れた彼の詩は、当時、多くの芸術家にインスピレーションを与えたのでしょう。
ただ、その中でも「中国の笛」は、たいへん人気があったようで、例えば、私の母校の音大図書館でも、検索するとひっかかる楽譜がたくさん出てきます。
ドイツ留学中の知合いに、この本が手に入れられないかお願いしたところ、現在は、本屋さんにふつうに彼の本が並んでいる、という状況ではないようです。結局、インターネットを通じて、取り寄せさせていただきました。

ハンス・ベートゲ

 08_07_01 7/13「スウェーデン音楽の調べ vol.5・東方への憧れ」では、もともとピアノ伴奏による歌曲、シェーグレン:月光の中の階段 作品59、S.フォン・コック:蓮の花(「神秘的な笛」より)を、バイオリンを入れた編成で演奏させていただきます。ピアノという楽器はあくまで打楽器。やはり弦楽器は歌とは相性抜群。歌とバイオリンの音色の絡みを、是非、お楽しみ下さい!
 先日は、その準備で、バイオリニストの荒井絵梨さん(左写真)と私(和田記代)の二人でちょっとした作戦会議。歌詞の内容を場面場面で照らし合わせながら、二人の旋律の作り方、音量の調整、いろいろ試しながら、音楽的なものを統一していきました。
 この二曲の歌詞は、ドイツの詩人、ハンス・ベートゲによる「中国の笛」という詩集からとられています。同じく、今回の演奏会でピアノのみの伴奏でとりあげる、ド・フルメリ:4つの中国の歌 作品66、も同じ詩集から歌詞がとられている歌曲集です。このドイツ語の詩集「中国の笛」は、マーラーが「大地の歌」で使用したことで有名ですが、実は、なんと180人以上の作曲家が、この詩集からインスピレーションを受けて作曲をしているそうです。その中には、シェーンベルク、リヒャルト・シュトラウス、シマノフスキー、マルティヌーなどもいます。
 さて、この「中国の笛」は、一応、唐時代の漢詩の訳、ということになっています。しかし、ベートゲ自体は中国語の素養はなく、フランス語訳を通して漢詩をドイツ語訳をしたハンス・ハイルマンの翻訳集をもとに、この詩集をつくりました。今回、とりあげる歌曲の歌詞は、いずれも、「李白」の詩の訳、ということになっていますが、しかし、内容が全く対応している李白の詩というのは、見つけることができません。例えば、ド・フルメリの作品の三曲目は、「赤い薔薇」となっていますが、だいたい、唐の時代の中国で「赤い薔薇」というのは、全くピンときません。内容を見てみると、なんだか、マラルメあたりの詩をも連想させるような幻想的なものだったり、たいへんドラマチックな愛の物語だったり・・・「あれ?漢詩って、こんなだったかしら?」と思ってしまいます。高校時代の漢詩の学習の記憶だけでは、思い違いをしているだけかしら?と思いながら、改めて李白の詩集などを読んでみましたが、やっぱり何かが違います。しかし、読み進めているうちに、妙にパーツだけはベートゲの詩に似ているものに行き当たりました。つまり、この「中国の笛」は、漢詩の翻訳、というより、漢詩をからインスピレーションを受け、ベートゲ自身が創作した詩、と考えた方が良いように思います。
 例えば、映画などでは、こういうことがよく起こります。ちゃんと原作者がいるのに、出来上がった作品は、時間的な制約の為だったり、効果的に観客に訴える為だったり、理由はそれぞれですが、内容や、登場人物まで、すっかり変わってしまっている、ということはよくあることです。これが、制作者の文化圏外の人物や場所を扱わなくてはいけない場合、「え、日本人て、こんなことしないのに・・」とか「中国には、こんなものないのに・・・」ということもよくありますよね。

 さて、ベートゲが描いた漢詩の世界とは?そしてそこからまたイマジネーションした作曲家たちの音楽とは?それは、是非、実際に演奏会にいらしてお確かめ下さい!

 今回、とりあげるシェーグレンとフォン・コックの作品は、ド・フルメリの「4つの中国の歌」の第一曲、第二曲と、歌詞が同じです。また、「4つの中国の歌」の第四曲は、マーラーが「大地の歌」で使用したものと同じ歌詞が出て来ます。同じ歌詞からイマジネーションされた音楽でも、作曲家によって、その捉え方が違うところも、きっとお楽しみいただけると思います。

 残券も残り少なくなって参りました。チケットのご予約は、お早めに!
 チケットのご予約は、→こちら のメールで。当会ウェブサイトからもご予約いただけます。

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