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スウェーデン滞在記(13)-1

3月27日(その1)
 王立オペラ劇場で、雇用者のリストを見せてもらった時、実は、指揮者としてメンバーになっていたステーンハンマルの名前の横に、連絡先、すなわち・・・なんと住所と電話番号を発見!思わず、ストーカーのように、自分のアジェンダの住所録にメモしておきました。(個人情報(?)なので、直接それをこちらに公表するのは差し控えますが。)
 さて、この日の朝、その住所を訪ねてみることに。前日にGoogleマップで場所を確認しておきました。地図を片手にストーク開始!
2010_3_27
 こちらが、ステーンハンマル様が1900-01年に住んでいたはずの建物です。モーツァルトの生家だとか、ショパンが住んでたアパートだとかと違い、何事もないように普通に建っております。2010_3_27ajpg全く外観が同じかは不明ですし、建て替えがされていない、という保証もありませんが、欧州では、内装だけ変え、建物そのものはなかなか建て替えることがありませんので、この玄関の感じを見る限り、建物自体はステーンハンマルの住んでいた時と同じなのではないか、と思います。(その辺り、お詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示お願い致します。)他の人にとっては普通の民家を前に、玄関からイケ面青年ヴィルヘルムが、自作の「Tirfing」のスコアをかかえて出て来ることろを勝手に一人で想像してドキドキ。2010_3_27bすると「Can I help you?」とジョギングしていた女性が声をかけて来ました。「いえいえ、大丈夫。ありがとうございます。」と慌てて答えると、その女性、にこやかにこの建物の中へ・・・思わず「あ、あ、すみません〜!」と声をかけ「ひょっとしてここに住んでいらっしゃるのですか?この建物、作曲家のステーンハンマルが住んでいたはずなんですけど。」と言うと、その女性はビックリ仰天。ステーンハンマル様が住んでいた建物の中で生活している方とお会いでき、なんとなく嬉しい気分。(親切な方だったので、意味ありませんが、更に満足。)右上は、向かい側にある建物です。ステーンハンマル宅現住人(?)の女性のお話ですと、こちらの建物はかつて、軍隊の建物でしたが、今は、色々な会社が入っているとのこと。
 左上は、近くの並木道、Karlavägenです。ステーンハンマルも見ていた風景でしょうか?ここから歩いて、今度は、ステーンハンマルが1924-25年に住んでいた住所へ。
2010_3_27c
 こちらが、1924-25年にステーンハンマルが住んでいたはずの建物。外壁の色はたいへん綺麗なので、おそらく、後に塗り替えられたと想像しますが、建物自体は当時のままだと思います。怪しまれないよう、周囲を見計らいながら、そぉっと中と覗くと、玄関から螺旋階段が見えました。2010_3_27dまたしても、他の人から見たら普通の民家をしみじみと眺め、味のあるダンディーなおじさまとなったヴィルヘルム様が自作の「Sången」のスコアを片手に玄関を出て来る姿をうっとりと想像。(やっぱり怪しまれていたかもしれない・・・)
 右は、近辺の写真。遠くに見える教会の塔など、おそらくステーンハンマルが毎日見ていた風景とそれほど変わらないと思います。
2010_3_27e
 こちらは、すぐ近くのフムレ公園 Humlegården。薬学者 シェーレ Scheele の銅像は、当時、既にあったはずです。
このベンチに座り、下の写真の景色を眺めつつ、作曲や演奏の構想を練ったり・・彼がしたかどうかは分りません。
2010_3_27f この日は、その後も、いろいろなことがあった日ですが、続きは次の記事で。

スウェーデン滞在記(12)

3月26日
 朝、ウプサラからストックホルムへ。この日は、日本で知り合ったヴィオラ奏者 ペーテル・エリクソンさんに、ストックホルム王立管弦楽団 Kungliga Filharmonikerna の子供達の為のコンサートに入れてもらうことになっていました。会場は、ノーベル賞の授章式も行なわれるコンサートハウス Konserthuset の大ホール。ストックホルム王立管弦楽団の定期公演が行なわれているホールです。会場に向かうと、小学校から来た小さな子供達(日本でいう小学一年生)が二人ずつ手を繋いで二列に並んでホールへ入っていきます。皆、楽しそうに引率の先生たちに先導されて歩いていました。
 プログラムは45分ほど。着ぐるみを来た3人の役者たちが、物語風に舞台をつくり、楽器を紹介しながらコンサートが進みます。6歳の子供達は、役者たちが何かする度に多少ざわつくものの、先生達に「シーッ!」と言われると、素直に静かになり、かなりお行儀よく席に座っていました。役者たちが「楽器の真似をしましょう!」と呼びかけると、夢中でバイオリンを弾く真似をしたり、太鼓をたたく真似をしたり、生き生きとコンサートを楽しんでいました。コンサートが終ると、拍手喝采で、オーケストラの生演奏をコンサートホールで聴き、大興奮のようでした。この日は、学校から団体で来た子供達の為に、午前中2回の公演。次の日は、ほとんど同じプログラムで、一般公開のファミリーコンサートが行なわれたようです。

 終演後、ペーテルさんが席まで迎えに来て下さり、舞台裏へ。そこに、どこかで見たことがある青年が赤ちゃんをおぶっている姿が・・思い切って「あのぉ、ピアニストのオスカルですよね?」と声をかけると、まさしく彼!5年前、当会のサロンコンサート・シリーズに井尻愛紗さんとのピアノデュオでご出演下さったオスカル・エクベリ Oscar Ekbergさんでした。コントラバス奏者の奥様がこの日の公演にエキストラで演奏されていて、オスカルは6ヶ月のお嬢様と迎えに来ていたのでした。ずっと連絡もとれていなかったので、思いがけない再会にびっくり。実は、二日後にオスカルの出演するコンサートを見つけてあり、チケットも予約してあったので、「コンサート楽しみにしています!」と言って別れました。

 ペーテル・エリクソンPeter Erikssonさん、そして同じく王立管弦楽団のチェリスト、クラース・ガッゲ Klas Gaggeさんと軽いランチ。スウェーデンの音楽家だからと言って、必ずしもスウェーデン音楽に詳しいとは限らないのですが、お二人は、スウェーデンの室内楽作品にも造詣が深く、いろいろお話しさせていただき、たいへん楽しかったです。とくに、チェロのクラースさんは、ステーンハンマルの弦楽四重奏はもちろん、ご自身の地元イェヴレGävle出身の作曲家 B. リンデ Bo Linde や、スウェーデンでも演奏機会が少ないと思われるL. ヌーマン Ludvig Norman の室内楽作品も演奏されるとのこと。「ステーンハンマルは偉大な作曲家だけど、彼の交響曲はヌーマンの交響曲からも影響を受けていると思う。」とおっしゃっていました。「日本ではヌーマン演奏していただけないのですか?」と言うと、「そんな機会があったらもちろん嬉しいけれど。」とのこと。「ヌーマンのピアノ四重奏曲はCDで聴いて大好きなので、一度、演奏してみたいのですが。」と言うと、ヴィオラのペーテルさんが「ピアノが入る室内楽曲といえば、ステーンハンマルの1楽章だけあるピアノ四重奏も美しい曲だよね。そうだ、日本でスウェーデンの室内楽フェスティバルしたらいいじゃない!」と。スウェーデンの演奏家と私たちのアンサンブルで、本当にそんなことが実現できたら、嬉しいものです!(運営スタッフ、熱烈歓迎募集中!)このように、私たちの活動にも関心を持って下さり、本番とリハーサルの合間を縫って、有意義な会話におつきあい下さったお二人には、感謝致します。

 その後、せっかく町中に出て来たので、買い物を・・・と思い、CDショップなどを探すも、12年前にあったはずの大きなCDショップ Megastore が見つからない!仕方なく、国立音楽図書館に寄ることに。Kia Hedellさんがたまたま受付にいらしたので、ストックホルムにあるCDショップを聞いてみました。彼女によると、インターネットのダウンロードが普及したこともあり、ストックホルムのCDショップはどんどんなくなっているそうです。彼女も良く分らない、ということで、図書館に資料閲覧に来ていたおじさまに尋ねることに。すると、Megastore は、つぶれたのではなく、移転したとのこと。地図で、どこにあるか教えていただきました。せっかくなので、楽譜屋さんも尋ねると、ストックホルムに唯一(!)ある楽譜屋さんの場所も教えて下さいました。
 確かに、12年前にストックホルムに来た時は、街を歩いていると、小さなCDショップや楽譜屋さんに偶然行き当たり、色々なお店を覗くことができたのですが、今回は、そういったお店に行き当たることは全くありませんでした。インターネットで便利になるのは良いことですが、手で触って目で見て物を選べなくなるのは、少し寂しい気もします。

 さっそく、教えてもらったCDショップ、Megastoreへ。デパートNKの裏手の通りMäster Samuelsgatan、本屋さん Akademibokhandeln の隣です。以前よりかなり小さくなったものの、クラシック・コーナーには、「スウェーデン音楽」の棚もあり、棚ごと持って帰りたい心境に。どうにか購入できるだけの数を選んでレジへ。こちらのお店、12年前にはTax Free ができたのに、できなくなっていてかなりショック。
 
 大量のCDをぶらさげて、王立オペラ劇場へ。チャイコフスキーの音楽を使ったバレエ「オネーギン」を鑑賞。2010_3_26
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『オネーギン Onegin』
音楽:Pjotr Tjajkovskij
振付:John Cranko
指揮:Yi Zhang

Onegin: Dragos Mihalcea
Lenskij: Oscar Salomonsson
Tatjana: Marie Lindqvist
Olga: Jurgita Dronina
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右は、オペラ劇場天井です。オペラ座設計図を持っている天使に注目!さりげないユーモアを感じる絵です。

スウェーデン滞在記(11)

3月25日
 この日は、ウプサラ室内管弦楽団 Uppsala kammarorkester のコンサート聴きに行って来ました。ウプサラは、ストックホルムから北に電車で30分ほど行ったところにある街。せっかくなので、一泊して少しゆっくりすることに。
 朝、ストックホルムを出発。電車でたった30分ですが、少し北に来たからか、ストックホルムよりかなり寒く感じられ、雪もずいぶん残っています。荷物をホテルに置いて、お散歩へ。
 まず、大聖堂 Domkyrkan へ。リンネ Linné(植物学者)などが埋葬されている立派な教会の中では、教会所有の彫刻や絵画とともに、現代のアーティストによる写真や造形作品も展示されていました。次に、グスタヴィアヌム博物館 Gustavianum を見学。ウプサラはスウェーデン最古の大学ができた学問の街。リンネやその弟子たちについて、解剖学の講義室の様子など、歴史あるウプサラ大学にまつわる展示の他、古代エジプトの出土品も見ることができます。2010_3_25その後、高台にあるウプサラ城 Uppsala Slottへ。ここからはウプサラの街全体が見渡せます。左は、ウプサラ城からの景色です。(ひときわ高い尖塔は、大聖堂)ウプサラ城の中にある美術館 Uppsala konstmuseumも見学。最後に、ウップランド博物館 Uppland museet へ。無料で入れる博物館ですが、様々な模型や写真が展示され、ウップランド地方(ウプサラがある地方)の生活の歴史が楽しく体感できるように工夫されていました。ウプサラには、他にもリンネ博物館 Linnémuseet やリンネ庭園 Linnéträdgården もあるのですが、5月から夏にかけてしか開いていないので、今回は残念でした。

 さて、セムラを食べて、いざ、コンサート会場へ。
 会場は、Uppsala Konsert & Kongressという、ホールや会議室が入っている文化センターの様なモダンな建物。ジャズ、クラシック、伝統音楽、電子音楽など、様々なジャンルの演奏会をはじめ、バラエティーに富んだ文化イベントが開催されているようです。(4月9日から11日には、日本の大衆文化をテーマにしたイベントも予定されていて、コスプレ大会も開かれた様です。)演奏会が行なわれる大ホールは最上階にあり、ホワイエが展望台のようになっていて、日が落ちたウプサラの街の風景を楽しむことができます。この日のコンサートは、ウプサラ室内管弦楽団 Uppsala kammarorkester による、シューマン生誕200年を記念したオール・シューマンプログラムでした。実演を聴く機会が少ない作品も入った興味深いプログラム。
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Roy Goodman(指揮)
Ronald Brautigam(ピアノ)

シューマン:
 序曲、スケルツォとフィナーレ 作品52
 ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

 序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調 作品92
   (ピアノとオーケストラの為の)
 交響曲 第4番 ニ短調 作品120(1841年版)
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多くのお客さんは、夫婦連れで、シーズン会員券のようなもので聴きに来ている様子。おそらく、毎回、同じ席なのでしょう。皆、定期のようなチケットを持ち、席では、前後左右の方々と挨拶し、世間話をしている様子。2010_3_25aホールは1000人強入る、多目的ホールのような様相で、音響的にはあまり好きになれませんでしたが、とても雰囲気の良いコンサートでした。

余談ですが・・・ホテルに戻り、ウプサラの夜景(右は、ライトアップされたウプサラ城)を楽しみつつテレビをつけると、ちょうどフィギュアスケート世界選手権、男子フリー演技を放映中。解説は、佐野稔さんの居酒屋解説っぽいノリで、意外と(?)賑やか。一人で変な意味で楽しんでしまいました。真央ちゃんの時が、どんな解説だったか、聞きたかったものです・・・(本質とは違う意味で)

スウェーデン滞在記(10)

3月24日
2010_3_24 この日は、王立オペラ劇場 Kungliga Operanの資料を見せていただきました。日本からメールで問合せをし、この日の朝10時に行くことになっていました。指定された入口から入り、受付に名前を言うと、まもなく、メールで何度かやりとりさせていただいた担当の方が来て下さいました。「何を調べたいのかしら?」と聞かれたので、「ステーンハンマルの時代のオペラ劇場のレパートリーを知りたい」旨、お願いしました。担当の方は、ちょっと考えて、「こんなので役に立つかしら?」と、王立オペラ劇場でプレミエを行なった演目の記録集の本を出して来て下さった後、年代順にファイリングしてある公演ポスターのコピーが置いてある本棚に案内して下さいました。そんなものを見せていただけるとは思わなかったので、大喜び。そこは、楽譜を揃えたり、コピーしたり、それを取りに来るスタッフ(合唱団員?)がいたり、と様々な事務的作業をしているところでしたが、その一角に、私が資料を閲覧できるスペースも作っていただきました。というわけで、調査開始!
 まずは、ステーンハンマルが登場しそうな1900年近辺のポスターをチェック・・・1898年に名前を発見。1898-99,1899-1900,1900-01のシーズン、そして1924-25のシーズンのポスターを一枚ずつ見て、ステーンハンマルが指揮をした演目と日にちをチェックしました。ご興味がある方は、彼が指揮をした演目とその回数を下記に纏めましたので、ご覧下さい。(ただし、一回だけチェックし、見直していないので、多少の数え間違いがあるかもしれません。ご了承下さい。でも、だいたいの様子はお分かりいただけると思います。)
「1898-1899年シーズンの記録」をダウンロード
「1899-1900年シーズンの記録」をダウンロード
「1900-1901年シーズンの記録」をダウンロード
「1924-1925年シーズンの記録」をダウンロード

 さて、今回のポスター閲覧で、私が思わず「うわ!」と独り言を叫んでしまったコンサート曲目は、下記のものです。
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●1925 年1 月16 日「スウェーデン・コンサート Svensk Konsert」
(指揮:W.ステーンハンマル)
ベールヴァルド F. Berwald:歌劇『ソリアのエストレッラ Estrella di Soria』への序曲
アウリン T. Aulin:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ハ短調 (ヴァイオリン:Gösta Björk)
ルーセンベリ H. Rosenberg:教会シンフォニア Sinfonia da chiesa 作品17
ステーンハンマル W. Stenhammar:カンタータ『歌 Sången』
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このブログを見て下さっている方々にとっては・・・想像するだけで、鳥肌が立ちそうな演奏会ですよね!タイムマシンが欲しい、と切実に願うのは、こういう時です。

ポスターをチェックしていて、一つ気になったことがありました。1898年〜1901年の間のポスターでは、指揮者の名前の前にタイトル(肩書)が書かれているのですが、ステーンハンマルの名前の前は、Hofkapellmästare(宮廷楽長)ではなく、単なるHr(英語のMr.にあたる)であることです。(1924-25年のポスターでは、指揮者の表示は全員、名前のみで、タイトル表示はありませんでした。)その部屋にいた方々に、この表示の違いを聞いてみましたが、誰もはっきりしたことが分りません。おそらく、Hr. の場合は、常任指揮者でなく、ゲスト(客演)だったのでは?ということで、担当の方が王立オペラ劇場のメンバーリストを出して来て下さいました。
 それを見ると、ステーンハンマルは1898-1900の間は、おそらく客演だったと思われますが、1900-1901年のシーズンは、王立オペラ劇場に指揮者として雇われていることになっていました。ただし、3人いる指揮者のうち、名前は一番下。下記は、リストに書かれていた指揮者の名前です。
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●1900-1901年の 指揮者(楽長) Kapellmästare
Nordqvist, C. (Förste Hofkapellmästaren 第一宮廷楽長)
Henneberg, R. (Hofkapellmästaren 宮廷楽長)
Stenhammar, W. (Hr)
※( )内は、ポスターに書かれていた名前の前のタイトル
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そして、リストの中に次にステーンハンマルの名前が出て来るのは、1924-25年のシーズン。
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●1924-1925年の 指揮者 Kapellmästare
Järnefelt, A
Grevillius, N
Stenhammar, W. (extra)
※この(extra)は、メンバーリストの中に書いてありました。“エキストラ”ということですので、代理、非常勤、という感じでしょうか?
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後日、王立オペラ劇場の公演にも足を運びましたが、こちらの最上階ホワイエにある代々の指揮者たちの肖像画の中に、ステーンハンマルの姿は見つけられません。それは、彼が一回も「第一宮廷楽長(指揮者)」になっていないからだったのです。

結局、気づくと4時間以上、ノンストップでポスター集に見入っていました。まだまだ見たいものもあったのですが、次の約束もあり、仕方なく中断。1901〜1924の間をチェックすることができず、たいへん残念でしたが、また次の機会に。でも、ポスターの文字を見ていると、当時の様子のイメージも湧いてきて、ステーンハンマルがどのような音楽作品の指揮をしたのかを知った事は、今後、彼の音楽作品を音にする上で、大きな助けになると思います。

この日は、その後、10年以上前に宿泊したホテルのレセプションにいた女性にランチのご招待を受けていました。彼女は、私がスウェーデン音楽の資料探しにスウェーデンに来たことを知って、その後も、北欧音楽関係のテレビ番組の録画ビデオを何度か送って下さったり、いつもたいへん親切にしていただいていました。人間の繋がりというのは、本当に楽しく、貴重なものです。

その後、メールで予約してあったBo Wallner のステーンハンマルの伝記全3巻を取りに古本屋さんへ。このお店、なんと、水曜日〜金曜日の午後4時〜6時しか開いていません。ここまでピンポイントでしか開いていないお店はあまりないかもしれませんが、でも、アンティークのお店は、午後しか開いていないところが多いようです。予約した本は、たいへん状態の良い本で大満足。

夕方は、ベルヴァルドホール Berwaldhallen へ、スウェーデン放送交響楽団のコンサートを聴きに。この日のプログラムは;
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マルティヌー:オーボエ協奏曲
メンデルスゾーン:交響曲 第3番『スコットランド』
(指揮:Krzysztof Urbanski オーボエ:Jakob Koranyi)
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 1時間強の、わりと短めのプログラムで、休憩はなしでした。どうやら、スウェーデン放送交響楽団の定期演奏会は、金曜日〜週末は少し長めのプログラム(おそらく休憩も入れると思います)、その他のウェークデイの夕方の演奏会は短めのプログラムで行なっているようです。今回のスウェーデン滞在では、多くの演奏会に行きましたが、比較的、プログラムが短い演奏会が多かったように思います。ヨーテボリで会ったギタリストのマーティンも「今日、前半40分、後半40分の曲目でやったら、少し長いと言われちゃった。東京やロンドンだったら、全く問題ないけれど、スウェーデンだと、ちょっと長かったかな。」と話していました。11年前、12年前に私がスウェーデンを訪れた時には、感じなかった点なので、これも、ひょっとすると最近のスウェーデンの傾向かもしれません。
 ウィークデイの夜でも、次の日の仕事の為の体力のことを気にせず、お客様に「楽しむ」為にコンサートに足を運んでいただく為に、プログラムの長さについても工夫することも、演奏会企画の上で1つのポイントかもしれません。

スウェーデン滞在記(9)

3月23日
 この日はヨーテボリ最終日。前日に購入した書籍を日本の自宅へ郵送。最近は、スウェーデンでは郵便局を減らし、替わりにICAというスーパーマッケットに業務委託しています。というわけで、今回もICAでダンポール箱を購入し、そのまま発送。

 そして、前日に約束した通り、ミカエル宅へ。ミカエルのお家の最寄りのトラムの駅は、なんとその名も「音楽通り Musikvägen」!ミカエルによると、近くには、「ピアノ通り」だとか「バイオリン通り」だとかもあるらしいですが、理由は彼にも分らないそうです。(理由をご存知の方がいらっしゃったら、ご教示下さい!)
2010_3_23 改めてミカエル・ホルムルンド Mikael Holmlundさんのご紹介です。スウェーデン出身のピアニストで、実は、当会の正メンバーである宮下朋樹 とクラスメイトだったこともあります。(お二人とも、ノルウェーの名ピアニスト、E-S. ノッケルベルグ Einar Steen-Nøkleberg氏のお弟子さんです。)現在は、ピアニストとしての演奏活動、合唱指導をされながら、ヨーテボリ大学でオルガン(教会音楽)を勉強されています。スポーツ大好き青年でもあり、スキーはもちろん、サッカークラブに所属したこともあり、アイス・ホッケーもやっていたとか。(アイス・ホッケーは腕を折ってやめたそうです>やめて下さいよ!)カーリングは一回しかやったことない、と言っていました。(でも、やったことあるんだ・・・さすが北欧!)

 私が到着すると、既に、お家にあるスウェーデン作曲家のピアノ曲の楽譜を集めて用意しておいてくれました。見せていただいたのは、下記の楽譜;
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●新しい北欧ピアノ音楽 Ny Nordisk Klavermusik
13のソナチネ (Carl Gehrmans Musikförlag)
●E.von Koch: Concertino pastrale för fl & pf
(Edition Breitkopf)
●T. Rangström: Sommarskyar
(Nordisk Musikförlaget)
●L-E. Larsson: 12 små pianostycken Op.47
(Carl Gehrmans Musikförlag)
●L-E. Larsson: 7 små Fugor med preludier i gammal stil Op.58
(Carl Gehrmans Musikförlag)
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 さっそく、ピアノを弾きながら、「ラーションのこのソナチネ(No.3)は、ここ、ジャズみたいでしょ?」とか、「フルメリの、自分の奥さんの為に作曲したこのソナチネ(No.1)、綺麗だよね」など、色々と解説していただきました。他にも、私が聴いたことがなかった ペッテション=ベリエルのバイオリン・ソナタをご自分が演奏した時の録音で聴かせていただきました。彼のピアノ演奏は、スウェーデンの合唱の響きにも通じる、独特のハーモニー感を持った音色。「このハーモニーって、凄くペッテション=ベリエルらしいよね」などなど、スウェーデン出身の演奏家から演奏経験に基づくスウェーデン音楽についてのお話を沢山聞けて、本当に楽しく、多くのインスピレーションをいただきました。
 歌が大好きなミカエル、ペッテション=ベリエルの歌曲の楽譜も出して来て、私の伴奏で歌い始めました。CDを聴きながら、私も大好きなスウェーデンの歌手、J. ビョルリング Jussi Björling や オッター A-S. von Otter などについても会話が弾みます。

 現在のお互いのレパートリー、これから演奏予定の曲など、話は尽きなかったのですが、私はその日の午後の電車でストックホルムに帰る予定。その前に、ヨーテボリの楽譜屋さんに連れて行ってもらうことに。楽譜屋さんは、コンサートホールの裏手のあたりにある、Procura という名前のお店。ヨーテボリ大学に用事があったミカエルとはここでお別れ。
 さて、スウェーデンの楽譜屋さんでは・・・楽譜を探すのに、少し手間がかかります。楽譜の多くに背表紙がなく、大きさも不揃いであるせいだと思うのですが、日本のお店と違い、楽譜が横積みになっているのです。一応、棚に、作曲家の名前のアルファベットが書いてあるのですが、あとはその山積みになった楽譜を一塊ずつ手にとってかたっぱしから見るしかありません。日本のように同じ楽譜を1つのファイルにまとめてあったりしないので、1冊ずつ確認しなくてはいけません。お店の奥には、中古楽譜コーナーもあり、こちらにも掘り出しものがたくさんありそうな匂いだったのですが、あまりじっくり見る暇もなく、タイムオーバー。それでも、日本では気軽に物色できないスウェーデン作曲家のピアノ曲、室内楽曲、歌曲の楽譜をかなり大量に仕入れることができました。

 慌ててヨーテボリ中央駅へ。午後4時過ぎ発のストックホルム行きの列車に乗り込みました。帰りは、X2000ではなく、Inter City で。こちらだと、ストックホルムまで5時間ほどかかりましたが、ストックホルムでの計画を立てたり、車窓の風景を見ながらステーンハンマルのピアノ協奏曲を聴いているうちに、あっという間にストックホルムに到着。

 短いヨーテボリ滞在でしたが、多くの人にお会いして、貴重な体験ができた充実した滞在でした。マーティン・フォーゲルさん、アン・エルキェーさんはもちろん、ミカエル・ホルムルンドさんの演奏も、いつか当会の日本でのコンサートで聴かせていただける機会があれば、と願っています。

スウェーデン滞在記(8)-2

3月22日(その2)
小雨の中、ヨーテボリの街を散策。ヨータ・エルヴ川 Göta älv に面したヨーテボリのオペラハウス Göteborgs Operan へ。私の滞在中、オペラハウスでの公演はなく残念でした。オペラハウスのテラスは見晴らしも良く、船を眺めることができます。公演が終った後の夜の景色は、どんななのでしょう?アンの話では、ヨーテボリにあるオーケストラは3つあり、ヨーテボリ交響楽団と、オペラ座のオーケストラと、そしてもう一つ、吹奏楽団だそうです。その吹奏楽団のコンサートが開かれるのはヨーテボリに残る最古の建物と言われるクローンヒューセット Kronhuset。1643年に兵器庫として建てられたそうですが、現在は、コンサート会場の他、工芸品の工房が並んでいます。この日はコンサートはなかったのですが、工房を覗いて来ました。チョコレートの工房で、復活祭用の卵やあひるをかたどったお菓子をおみやげに購入。
 その後、アンティークのお店などが並ぶハーガHaga地区へ。前日にアンに教えてもらった古本屋さんを覗いてみました。入るなり、探していた本を即発見!「スウェーデンの音楽 Musiken i Sverige(L. Jonsson m.fl. )」という全4巻からなる本なのですが、ちょうどステーンハンマルたちの時代について書かれた第3巻は入手困難な状況。先日お会いした里子さんもお探し中でしたが、版元にはもうないことは確実のようでした。(里子さんのお話しですと、スウェーデンでは、本屋さんが毎年セールをして、在庫を溜めないようにしてしまう為、こういうことが良くあるそうです。)ところがその本、そのお店では全4巻セットでないと売らない事が判明。いずれ、全巻揃えようと思ってはいたのですが、問題は2巻は既に日本の自宅に所有していたこと。一冊が辞書みたいに重い本を、余分に日本に持ち帰るのは、少し躊躇します。元気の良い店員さん「良い事考えた!2巻は、スウェーデンのお友達にプレゼントすればいいのよ!」というわけで、現在、2巻のみがミカエル宅に行く運命となりました。
 他にも、全2巻からなる「スウェーデンの音楽 Svensk Musik(A. Aulin & C. Herbert)」という本を発見。こちらも購入。また、別の古本屋さんでは、「政治の中の音楽 Musiken i politiken(S. Bohman)」という面白そうな本も見つけました。スウェーデン音楽限定の内容ではありませんが、ステーンハンマル、ペッテション=ベリエル、ブロムダールについての章もあり、この様な本はスウェーデン語でないとなかなかありません。

 こうして、辞書のような分厚い本を計7冊も抱えて、ミカエルの所属する合唱コンサートへ。会場は、ヴァーサ教会 Vasakyrkan という、立派な教会。ここには、良いオルガンもあるそうで、先日の記事で紹介した、里子さんのプロデュースされたCD (Mahler Songs)も、こちらで録音されました。合唱団の名前は、Svenska Kammarkören(スウェーデン室内合唱団)。メンバーの中には、音楽の先生などもいますが、全く音楽とは関係ない仕事をしている人たちも沢山いる、アマチュアとして活動している合唱団です。ミカエル曰く、おそらくヨーテボリでは一番上手なアマチュア合唱団だ、ということで、コンサートを楽しみにしていました。
 スウェーデンは、合唱の国。日本でも有名な スウェーデン放送合唱団 のように完全にプロフェッショナルとして活動している合唱団は、数少ないそうですが、アマチュアの合唱団は全国に沢山あるそうです。
 この日のプログラムは;
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"愛の小道 Kärlekens väg"
Simon Phipps(dir)
Claes Gunnarsson(cello)

P. I. Tjajkovskij(1840-1893): The Crown of Roses
Sven-Erik Bäck(1919-1994): Se vi gå upp till Jerusalem
Orlando Gibbons(1583-1625): Hosanna to the Son of David
Gregorio Allegri(1582-1652): Miserere
John Tavener(1944- ): Chant 1
F. Poulenc(1899-1963): ur "Quatre Motets pour un temps de pénitence"
Vinea mea electa
Knut Nystedt(1915- ): O Crux
J. S. Bach(1685-1750): ur Suite no.5 Sarabande
Orlando Gibbons: Drop, drop, slow tears
K. Penderecki(1933- ): Stabat Mater
John Tavener: Chant 2
F. Poulenc: ur "Quatre Motets pour un temps de pénitence"
Tenebrᴂ factᴂ sunt
John Tavener: Svyati

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バロック以前の音楽と、近現代の音楽が交互に並ぶ、絶妙のプログラミング。途中、John Tavener の Chant 1, 2, そしてバッハの無伴奏組曲のサラバンドの3曲が、お客さんの後ろからチェロのソロで聴こえてくる、という趣向。合唱団も、最初はお客さんを挟んで左右に分かれ、途中で今度は前後に分かれ、向かい合わせで合唱。途中で全員、私たちの前に並びましたが、それでも曲によって毎回、少しずつ人の配置を変えます。音楽作品に合わせて、360°様々な角度からハーモニーを聴かせていただき、柔らかく、スウェーデン独特の透明感を持った歌声に全身が包み込まれるような体験でした。最後のJ. Tavener のSvyati は、チェロと合唱の為の作品。途中でそれまで後ろから聴こえていたチェロが、今度は合唱の方々の中に入って一緒に演奏。チェロの音と合唱の声が会話する、たいへん魅力的な作品でした。

 もともと、私がスウェーデン音楽に興味を持ち始めたのは、スウェーデンの声楽作品からでした。スウェーデンの人々の歌声に包まれ、そんな初心を思い出し、自分のスウェーデン音楽の音への追求作業の中で、必死のあまり忘れそうになっていたことを思い出させてもらった・・・そんな夜でした。

スウェーデン滞在記(8)-1

3月22日(その1)
この日は、アンと一緒にヨーテボリにあるステーンハンマルのお墓参りに行って来ました。
ステーンハンマルのお墓があるのは、 Mariebergskyrkogården (マリーベリ教会墓地)。ヨーテボリにある、というので、二日前のM. フォーゲルさんたちとの夕食会で皆に場所を聞いたのですが、誰も知りません。アンに聞いてみると、「知ってるわよ。小さいところなので、皆、知らないと思うけれど、私は近くに住んでいたことがあるから。」とのこと。彼女もステーンハンマルのお墓があるらしい、という話だけは聞いたことがあったけれど、行ったことがないので、一緒に行ってくれることなりました。
2010_3_22
 さて、そのMariebergskyrkogården はMajorna地区にひっそりとある小さな教会墓地。(教会墓地といっても、教会はそこにはありません。)中に入ってみても、とくに有名人の墓地について何か書いてあるわけでもありません。仕方なく、かたっぱしから見て行くことに。そして、一番奥にやっと見つけたのが、上のお墓。尊敬する作曲家に、しっかりご挨拶をさせていただきました。
2010_3_22a_2 アンが「良い物持って来たのよ!」と取り出したのは、魔法瓶に入れた暖かいコーヒーとお菓子。「ステーンハンマルと一緒にお茶しようと思って。」3人(?)で暫し談笑。
2010_3_22b_3お墓のすぐ後ろにある木は、お墓を屋根で覆うように枝を張っています。この木が、毎年芽吹き、葉をつけ、実を落とす・・・と思うと、なんだかステーンハンマルの命がずっと続いているような不思議な気持ちになります。

2010_3_22c ステーンハンマルが今、眺めている風景です。この頃は、さすがに降るとしたら雪ではなく雨でしたが、それでもまだ積もった雪が残っていました。

 この日から泊まりがけでお仕事に出かけてしまうアンとは、ここでお別れ。車の中で、将来の活動について少し相談。当会のサロンコンサートで好評だったアン・エルキェー Ann Elkjärさんのフルート、また日本で聴かせていただける機会があれば、と思います。

 さて、この日は、久しぶりに会う友人とのランチの約束がありました。その友人、ピアニストの ミカエル・ホルムルンド Mikael Holmlundさんです。彼とは、11年前、とあるドイツの国際コンクールで出会いました。繊細な音に歌心のあるメロディーラインの演奏が印象的で私が声をかけたのがきっかけ。

 11年ぶりだったにも関わらず、音楽の話はもちろん、サッカーや冬期オリンピックの話など、あっという間に時間が経ってしまいました。もちろん、スウェーデン音楽についても、話は盛り上がったのですが、「家に来れば、いろいろなスウェーデン作曲家の楽譜を見せられるから」というわけで、次の日は彼のお家にお邪魔することになりました。この日は、夜は彼が合唱団員(!)として参加する教会でのコンサートがあり、私も聴きに行く予定だったのですが、彼は用意があるので昼食後に一旦、別れることになりました。私は、ミカエルにもコースをアドバイスしてもらい、コンサートまで街をお散歩することに。小雨が降っていたので、「こちらに来てから、天気がずっと悪くて残念。ヨーテボリの青空も見たかったな。」と言うと、「でも、ヨーテボリって、こんな天気が多いけどね。」とミカエル。ステーンハンマルも、こんな空を見ていたのかしら?と思いながらのお散歩に出発。
 教会での合唱コンサートについては、また次の記事で。

スウェーデン滞在記・番外編

さて、なぜ私が今回、3月にスウェーデンに行ったかには、大きな理由がありました。
私が、スウェーデンのお菓子セムラ Semla が好きだからでーす!実は、セムラは通年で食べられるものではありません。
 セムラは、もともと復活祭の前46日間の断食の前に食べていたお菓子。(断食前に、おいしいもの食べておこう!という感じでしょうか)今年の復活祭は4月4日でした。ですので、本来なら、3月は時期的に遅いのですが、でも、結局3月中はずっとセムラは出回っています。

 さて、私がセムラの為にスウェーデンに来たことを知っているアン。私が到着する前日に、近所のお菓子屋さんにお休みでないか?セムラはあるか?とわざわざ電話確認してくれた、とのこと。というわけで、セムラを買いに出発!お店に着くと、「セムラあります!」「コーヒーとセットだとお得!」みたいな看板が賑やかに並んでいます。ドキドキしながら店内に。店員さんに「セムラ下さい」と言うと「あら?今まであったけど、ないわ」と。(じゃぁ、看板しまった方が良いと思うのだが。レジの目の前にも「セムラありまーす!」と堂々と書いてあった。)セムラの材料になる丸パンだけは売っていたので、急遽計画変更。スーパーマーケットで材料を揃え、お家で作ることにしました。

 では、セムラ作り開始。

Semla_1まず、カルダモンが入った甘いフワフワの丸パンの頭を少し切って、蓋を作ります。
そして、アーモンド・ペーストに牛乳を混ぜて柔らかくし、そこに、パンの中身を少しほじくって、それも混ぜてマジパンを作ります。そのマジパンを、中身をほじくったパンの中に詰めます。

Semla_2その上に、ホイップした生クリームを乗せ、蓋をかぶせます。最後に粉砂糖をふりかけてできあがり!

Semla_3_2通に言わせると、蓋の形は、本当は三角形でないといけないそうです。この様に、暖かい牛乳の中に入れて食べる時もあります。(これは、某スーパーマーケットで購入したセムラです。)

 スウェーデンには、セムラの食べ過ぎで死んじゃった王様もいるそうですが、私にはその気持ち、痛いほど分るのでした。結局、今回の滞在中、この自作(?)のセムラを含め、合計5個のセムラを食べました。また来年も、セムラが食べられるでしょうか?

スウェーデン滞在記(7)

3月21日
2010_3_21 ヨーテボリの二日目。アンの手作りお魚料理でランチをいただき、その後、この時期にしか食べられないスウェーデンのお菓子 セムラ Semla 作り。このお菓子については、また改めて書かせていただきます。(写真はアンのお嬢様、オルガちゃんとセムラ)
 午後は、ヨーテボリ美術館 Göteborg Konstmuseum を訪れました。美術館の正面向かって左奥は、前日に訪れた演劇・音楽大学、その手前は市立劇場 Stadsteatern そして右隣はヨーテボリ交響楽団 Göteborgs Symfonikerが本拠地としているコンサートハウス Konserthuset があり、この一帯が文化地区のようになっています。
 夕方、前日のコンサートで初めてお会いしたヨーテボリ交響楽団のハープ奏者、松尾正代さんと、コンサートホール前で待ち合わせ。残念ながら、私のヨーテボリ滞在中に、ヨーテボリ交響楽団の演奏会はなかったのですが、この日は、「ステーンハンマル・ホール Stenhammarsallen」という名の小ホールで、イギリスから来たブロドスキー弦楽四重奏団の演奏会がありました。どんな演奏をするかも知らない四重奏団だったのですが、松尾さんも無理矢理お誘いしてしまいました。
2010_3_21a
 さて、ステーンハンマルの名がついたホールは、劇場型の2階席が少しだけある400人弱のこじんまりとしたホール。客席と舞台が近い印象。満席に近いお客様たちが、室内楽の演奏を聴くのをワクワクしながら待っている雰囲気でしたが、松尾さんは、「年配の方々ばかりだけど、本当は学生たちももっと聴きに来るべき」とおっしゃっていました。このジャンルの音楽文化を末永く活性化させるのに工夫が必要なのは、日本が「本場」と呼んでいる欧州でも、状況は私達が想像しているほど変わらないのかもしれません。でも、私は小学生くらいの子供達が何人か一緒に、興奮気味で聴きに来ているのを発見。お母様らしき方が、どこからか発泡スチロールのようなお座布団を持って来たので、松尾さんに何かお聞きすると、子供は座高が低く、前が見にくいので、座高を高くする為のお座布団がホールに用意してあるそうです。次に繋がる若いお客様を開拓する工夫、やっぱりホールもいろいろ考えているのですね。
 松尾さんのお話しですと、ヨーテボリ交響楽団では、毎年、子供の為のコンサートを企画するそうです。低学年用、中学年用、高学年用、中学生用、とプログラムをかえ、子供達を学校からコンサートホールに招待するそうです。正式なコンサートホールでコンサートを聴く、というのは、子供達にとって、とても良い経験になるに違いない、と松尾さんはおっしゃっていました。でも、スウェーデンでは、普通の公立小学校に「音楽の授業」というのがないそうです。ですので、五線紙の楽譜の読み方を習ってみたことがない、という人が沢山いて、それはたいへん残念だ、とおっしゃっていました。日本に多くのアマチュア・オーケストラが存在するのも、一応、皆、学校で五線譜に触れてみる経験があるからで、スウェーデンでは考えられない、というお話しでした。
 さて、この日のブロドスキー弦楽四重奏団 Brodsky Quartetのコンサート曲目は;
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ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第1番
プッチーニ:Crisantemi
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第6番
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第15番
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ショスタコーヴィチが終ったところで、演奏者より、英語でちょっとしたお話がありました。「今回、私たちのコンサートは『生と死』がテーマです。ショスタコーヴィチの曲は、彼の若い時期の生き生きとした作品。そして、今から演奏するプッチーニの作品は、突然亡くなった友人の死を悼んで彼が一晩で作曲した曲。続いて演奏するメンデルスゾーンの曲は、作曲者が姉の訃報を聞き、書かれた曲です。」とのこと。松尾さんに尋ねたところ、スウェーデンではこの様に、演奏会の合間にトークが入るものは珍しくないそうです。確かに、この後、私も様々なコンサートに行きましたが、演奏会の流れを壊してしまうほどしつこくもなく、でもちょっと舞台で誰かが挨拶程度に話をする、というコンサートがたいへん多かったです。10年以上前にスウェーデンを訪れた時には、あまり記憶していない光景で、もしかすると、お客さんを舞台に惹き付ける為の最近の傾向なのかもしれません。
2010_3_21b カルテットのコンサートが終った後、松尾さんに、普段、ヨーテボリ交響楽団のコンサートが行なわれている大ホールも少しだけ覗かせていただきました。左は、大ホールのロビーで見つけたプレート。内容を要約すると「コンサートハウスは1905年2月に建てられ、1928年1月に火事で焼け落ちた。・・・・ステーンハンマルとアウリンが指揮者として活動した。」と書かれています。2010_3_21c右は、ステーンハンマルの横顔。はい、良い男です。松尾さんに、舞台裏にまで忍びこませていただき、ちょっとお得な気分。楽団さんが飲んでいるコーヒーまでいただいてしまいました。この日は、ジャズのコンサートが行なわれていたため(月に1回、必ずジャズのコンサートがあるそうです)、マイクを通した音しか聴けなかったのが残念だったのですが、こちらのホールは、木材を使い、つなぎを使わない組み木の原理でできたホールで、音響もたいへん良い作りになっているそうです。次回は、是非、ヨーテボリ交響楽団の演奏会をこの大ホールで聴かせていただければ、と思います。

 私が生まれた年にヨーテボリ交響楽団にお入りになった松尾正代さん。他にも、オーケストラのお話、日本とスウェーデンのコンサート組織のあり方の違い、などなど、たいへん貴重なお話しを沢山聞かせていただきました。

 さて、アンのお家に帰ってから。アンにヨーテボリに古本屋さんがないか質問。インターネットでいろいろ調べてもらったのですが、やっているうちに、ストックホルムの古本屋さんに、図書館で聞いた例のステーンハンマルの伝記全3巻があるのを発見!(→こちらの記事参照)ストックホルムに戻ってから取りに行けばよいよう、アンが即、予約メールを入れてくれました。音楽家の仕事環境の、日本とスウェーデンの違いについて、アンと少しお話し。どちらかが一方的に「善」ではないでしょうけれど、相手の良い部分は取り入れるべき。その中で私個人が日本でもできることって、何かなぁ・・・

スウェーデン滞在記(6)-2

3月20日(その2)
 ハーガ教会のコンサート終演後。コンサートにいらして下さった藤本里子さん、田中さん、そして田中さんのスウェーデンのお友達と皆でお茶を飲みに行きました。田中さんは、当会のサロンコンサートに出演されたことがあるアン・エルキェーさん(fl)とマーティン・フォーゲルさん(g)のご友人。現在、スウェーデンに留学中です。そして、藤本里子(Satoko Berger)さんは、スウェーデンにお住まい、ムジカ・レディヴィーヴァ Musika Rediviva というレーベルで古楽を中心としたCD制作など、様々な活動をされています。里子さんのブログ「北欧からコンニチワ」では、そうしたCD制作の様子はもちろん、スウェーデンでの生活や、音楽の歴史まで、たいへん興味深い記事を読むことができます。
 いろいろお話をさせていただき、田中さんたちとは夕食時に再会することにし、私は里子さんにヨーテボリ大学 Göteborgs universitet音楽・演劇科 Högskolan för scen och musik の建物を見せていただくことにしました。
 こちらの学校で講義をされていたこともあるという里子さんの案内で訪れた大学。入口は吹き抜けの明るい雰囲気で、開かれたイメージを持ちます。全体的に天井が高い印象。ところどころに大きな絵や現代造形美術品などが飾られていますが、里子さんのお話では、スウェーデンでは建物と建てるとき、工費の何%かをこういったものに充てなくてはいけない、と法律で決められているそうです。講義室(スタジオ)が並ぶ階も、廊下は広め。スタジオも平行に並んでおらず、ところどころに学生たちが会話を楽しむスペースがあり、学校に通っている人々が「対話」する余裕を感じる雰囲気。スタジオやホールには、それぞれ、縁のある音楽家の名前がつけられています。チェンバロも入っている古楽の為のスタジオには、里子さんのご主人でいらっしゃる古楽奏者 Sven Bergerさんのお名前が書かれていました。こちらの部屋は、チェンバロなど、古楽器が響きやすい設計になっているそうです。練習室は、どの部屋も学生たちが練習中。また、コンサートができるホールもいくつかあります。一番大きなホールは、舞台が一番低い場所にあり、客席が階段状になっていて、2階席もあり、見たところ500人ほど入りそうでした。こちらでは、外部の人も入れるコンサートなども開かれる、ということです。外国からの留学生も多いようで、行き会った学生も、東欧から来た方のようでした。

2010_3_20 スウェーデンの音楽学生がどのような場所で勉強しているかを知る、たいへん貴重な経験をさせていただいた後、なんと厚かましくも、里子さんのご自宅に少しお邪魔させていただきました。古学奏者のご主人様、Sven Bergerさんにもお会いでき、たいへん光栄でした。さて、まずお家に入って目に入って来たのが、S. Bergerさんの膨大なコレクション!2010_3_20a様々な国の「吹く」楽器。あれは何ですか、これは何ですか?と聞いていると・・・実は、この台も楽器なんですよ〜。と布を撒くって下さると、なんとその台、1800年頃のスウェーデンのクラヴィーア。クラウスやモーツァルトの曲をちょっと触らせていただきました。クラウスより、少し後の時代の楽器ですが・・・クラウスは、どんな楽器でホ長調のソナタを作曲したのかしら?という私の疑問に、少しだけ近づいた気持ちでした。コーヒーをいただきながら、新しくリリースされたマーラーのオルガン版によるCDについて、スウェーデン音楽の歴史の書籍について、S. Bergerさんのご友人で若くして亡くなられたジャズピアニスト、ヤン・ヨハンソン Jan Johanssonについてなど、興味深いお話しを沢山していただきました。

 里子さんに、私のヨーテボリでの宿泊先であるアン・エルキェーさん宅まで送っていただき、田中さんと合流。(実は、田中さんもアンのお家に宿泊中でした)夜は、ヨーテボリの街の中のポーランド料理店で、田中さん、田中さんのご友人たち、そして当会ではお馴染みのギターリスト マーティン・フォーゲル Martin Fogel さんたちとお食事。実は、マーティンとスウェーデンで会うのは初めて!

 食事の後、ようやくお家でアンと再会。ヨーテボリとの縁を作ってくれたのはアンだったのですが、実は、この日は私のコンサートと同じ時間に、アンとマーティンはデュオで他のコンサートがあり、残念ながらお互いの演奏会を聴けませんでした。
 さて、ここからは、出演演奏会が終わりほっとしたのか、なぜか写真が増えるので、画像も少しずつご紹介できると思いますので、お楽しみに!

スウェーデン滞在記(6)-1

3月20日(その1)
 この日は、ヨーテボリ Göteborg の ハーガ教会 Hagakyrkan でコンサート。ストックホルムを朝8時過ぎの電車で出発。スウェーデンの新幹線(?)X2000でヨーテボリまで3時間程度。さて、ここまでスウェーデンでの気候のお話をしていませんでしたが・・・3月ともなると、さすがにストックホルムでも雪はほとんど降らないそうなのですが、今年は私の到着してからも、たびたび雪がちらつき、路上も凍っていることろも沢山ある状態。私が到着する一週間前は−20℃になったという、スウェーデンでも記録的な寒さだったそうです。ヨーテボリはストックホルムより南にある街ですが、電車から見る風景も、ずっと雪景色。湖もすべて表面が凍っていました。
 基本的にストックホルムからヨーテボリまでは、ほとんど起伏はなく、ずっと同じ様な景色が続きます。スウェーデンには険しい山は少なく、電車の旅とするとこの様にずっと同じ景色が続くことが多いそうですが、私は個人的に、スウェーデン作曲家の音楽作品に多い「ワーグナーの様に強引ではなく、心地よく続く息の長〜い音楽の構成」は、こんな地形から自然と来ているのでは、と考えています。
 さて、いよいよヨーテボリ到着。ハーガ教会の方が駅まで迎えに来て下さり、そのまま彼女の車でコンサート会場の教会へ。教会内の洗礼式が終るのを待って会場内に入ると、中は明るい色彩の素敵な教会。昼間のコンサートなので、窓から入る太陽の光がまぶしくない位置にピアノを配置していただきました。
 こちらでは「土曜日の音楽 Lördagsmusik」と題して、毎土曜日、コンサートが開かれています。今回、私が演奏させていただいた曲目は;
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J. M. クラウス:スケルツォと変奏 VB193
J.M. Kraus: Scherzo con Variazioni VB193
スウェーデン舞曲 VB192
Svensk dans VB192

武満徹:雨の樹 素描
T. Takemitsu: Rain Tree Sketch
    雨の樹 素描 II ~ O. メシアンの追憶に ~
Rain Tree Sketch II -In Memoriam of Olivier Mesiaen-

W. ペッテション=ベリエル:「フレーセの花」より
W. Peterson-Berger: ur "Frösöblomster"
          “帰還” “夏の歌” “お祝い”
"Rentrée" " Sommarsång" "Gratulation"

W. ステーンハンマル:晩夏の夜 作品33
W. Stenhammar: Sensommarnätter op.33
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 演奏を始めると、皆様、たいへん静かに聴いて下さっているのではありますが、なんとなく、客席が遠い雰囲気。確かに、太陽の光がまぶしくないような位置にピアノを置いてもらった結果、少しピアノが奥に入ってしまい、物理的に客席が遠かったのは事実ではあったのですが・・・クラウスを演奏し、挨拶をしようと客席を見るとやはり案の定、なんとなく皆様、かしこまっていらっしゃる雰囲気。確かに、お客様たちにとってみれば、「いきなり外国人が“クラウス”なんて聞いたことない作曲家の曲を弾き始めた」という感じだったかもしれません。(クラウスはスウェーデンと縁の深い作曲家ですが、演奏される機会はスウェーデンでも滅多にないと思われます。)とりあえず、おそるおそる作曲家 J. M. クラウスについて、スウェーデン語で説明を始めると、とたんに皆様のお顔がニコニコ。やっぱり、“コミュニケーション”は大切です。その後、武満徹の作品の紹介をして、続きを演奏しましたが、それからは、たいへん演奏しやすかったです。

 ヨーテボリは私にとっては初めて訪れる街。ハーガ教会のコンサート企画担当の方よりご紹介いただいた藤本里子(Satoko Berger)さん(CDプロデュースなどをされています)、松尾正代さん(ヨーテボリ交響楽団のハープ奏者)も、お忙しいなかコンサートにいらして下さいました。また、ヨーテボリの日本人会に連絡させていただいたところ、ヨーテボリ在住の日本の方々も沢山、コンサートにいらして下さり、本当に感激しました。聴きにいらして下さった方々にも、心より感謝申し上げます。

 さて、長〜い1日となったこの日は、まだまだ続くのですが、それはまた次の記事で!

スウェーデン滞在記(5)

3月19日
 この日も午前中、Lilla akademien で練習させていただきました。
 午後は、夕方から、W. ペッテション=ベリエル協会 Wilhelm Peterson-Berger Sällskapet の年一回の例会に出席。なんと短いスウェーデン滞在期間中に年一回の例会があったのは、本当に幸運でした。
 W. ペッテション=ベリエル協会は、ペッテション=ベリエルの作品を後世に残す為に、ペッテション=ベリエル基金をもとに1950年にストックホルムで設立された協会です。以後、楽譜の出版や音楽作品の録音などに関わって来ました。会員は、音楽関係者の他に、様々な職業に就いている多くの音楽愛好家達で構成されています。私は楽譜をスウェーデンから購入した際に同封されていたパンフレットで協会を知り、会員になりたい旨、メールしたのですが、外国からの会員申込、例会への参加も歓迎して暖かい配慮をしていただきました。
 例会では、会の運営についての会員たちとの会議に続いて、夕食会。夕食会会場では、ペッテション=ベリエルのCDや書籍の販売もされました。昨年リリースされたオペラ「アルンリョット Arnljot」のCD、執筆活動もしていたペッテション=ベリエルの新聞などに掲載された記事集「山の思い出 Fjällminnen」などをしっかり買い込み。
 夕食の前に、ペッテション=ベリエル賞の発表。今年は、「Det fruktade märket : Wilhelm Peterson-Berger, antisemitismen och antinazis」を執筆されるなど、ペッテション=ベリエルを研究されている音楽学者Henrik Karlsson氏が受賞されました。続いて、協会の会長を務められたこともある音楽家のLennart Hedwall氏による講演。興味深い講演・・・のはずなのですが、スウェーデン語のヒアリング力を鍛えねばと痛感。
 続いて、夕食会へ。おいしいスウェーデン料理に舌鼓。お酒を飲む時に歌う“Helan går”の大合唱も。周りの方と談笑しながら食事をしていると、事務局担当の方より、「途中で紹介されるから、そしたら立って下さいね」と耳打ち。「?!(冷汗)」まもなく会長が立ち上がり「今日は、日本からゲストが来ています。ピアニストの和田記代さんで、彼女は、明日、ヨーテボリでペッテション=ベリエルを演奏します。」脚が震えましたが、暖かく迎えて下さる会員の皆様には本当に感謝でした。
 途中で、85歳(とご自身でおっしゃっていました)の会員の方が、ピアノの前に座ったと思ったら、元気良く演奏を始め、皆でペッテション=ベリエルの「Dalmarsch」と「Jämtlandssången(ペッテション=ベリエルが歌詞をつけた、イェムトランドの古い結婚式の曲)」を合唱。(各席に、譜面が配られていました)最後は、Lena Johnson氏(pf)とJonas Lindgård氏(vn)により、ペッテション=ベリエル の「ピアノとバイオリンの為の組曲 作品15」が演奏されました。

 夕食会では、ご主人がアマチュアのバイオリニスト、というご夫婦と同席させていただきました。ご自宅で、ホームコンサートも開かれる、というご夫婦。ご主人の最近のレパートリーを伺うと、かなりの腕前であることが想像される方。スウェーデンの作曲家の名前を教えていただいたり、「ステーンハンマル友の会」の活動の話をさせていただいたり、楽しいひとときでした。
 他にも楽譜出版社Abraham Lundquist AB の方がお声をかけて下さり、楽譜で困ったらメールをくれれば、力になれるかも、と当会の活動には心強いお言葉。

 夕食後は、部屋を移動してコーヒータイム。フレーセ島のペッテション=ベリエルの家Sommarhagen からいらした方と同席。Sommarhagen はペッテション=ベリエル基金で運営され、夏の間は見学もでき、コンサートなども行なわれているようです。テーブルの話題で、私もSommarhagen で演奏できたら良いのに、などと皆様、お話し下さいましたが・・・いつか、フレーセ島で「フレーセの花」を演奏できる日がくれば、幸せです。

 音楽と楽しいおしゃべりとおいしいお料理と・・・そしてスウェーデンの方々の暖かさに触れた素敵な夜でした。

スウェーデン滞在記(4)補足

 前回の記事で書いたステーンハンマルの楽譜についてです。
 当会でもお世話になっている斉諧生さんより、下記の2つのステーンハンマル作品の楽譜が出版されたとの貴重な情報をいただきました。
●Allegro Brillante for Piano Wuartet (1891)
 Allegro Non Tanto for Piano Trio (1895)
●Piano Sonata G minor(1890)
※いずれもMusikaliska Konstföreningen(音楽芸術協会と訳せば良いでしょうか) 出版

 こちらは、それまで出版されていなかったステーンハンマルの音楽作品を、自筆譜をもとに2008年に出版されたものです。ピアノ・ソナタ ト短調については、それまでも後の人の手により手書きコピーされたものがスウェーデン音楽情報センター The Swedish Music Information Centre より購入できたのですが、こちらは、明らかな書き間違いも多く、楽章毎の速度表示すら書き落とされている、というものでした。
Musikaliska Konstföreningenから出版された楽譜は、ピアニストのMartin Sturfältの校定によるもの。基本的にステーンハンマルの自筆譜を出典とし、自筆譜でのミスと思われる箇所を、校定者の手で修正してあるものの、修正を施した箇所は細かく注釈として明記されています。また、タイトルの書き方に至るまで、ステーンハンマルがどう書いたかをできるだけ忠実に伝える努力もされています。ですので、こちらの楽譜は「原典版」と考えて差し支えない内容になっているといえます。また、この楽譜の解説がすべて英語で書かれていることは、作品のインターナショナルな場への普及を期待させます。

 実は、スウェーデン音楽情報センターのピアノ・ソナタの楽譜に楽章毎の速度表示が欠けているのを見て、速度表示はレコード制作などの際に誰か後の人の手で書き加えられたのではないか?とそれまで私も疑問だったのですが、こちらの新しい楽譜のお陰で、楽章毎の速度表示はステーンハンマルの自筆譜には既に明記されていることが分りました。

 今後、ステーンハンマルや、その時代のスウェーデン作曲家の音楽作品も、こういった内容の楽譜が多く出て来てくれることを願っています。でも、ステーンハンマルの音楽作品の中には、自筆譜が残っていない(見つかっていない)ものも沢山あります。現在ある情報を可能な限り良い状態で保存していただき、そしてどこかに眠っているかもしれない情報を引き出す為にも・・・・微力であっても、私たちが、良い演奏をして彼らの音楽の魅力を少しでも多くの方に伝えていくことが大切なのかもしれません。

スウェーデン滞在記(4)

3月18日
 午前中はLilla akademien で練習。午後は、国立音楽図書館 Statens Musikbibliotekでステーンハンマルの自筆譜を見せてもらいました。
 ステーンハンマル友の会 の演奏会準備の為に度々、コピー譜などの取り寄せをお願いしていた図書館。メールだけのやりとりをしていたスタッフと初対面でお互い大喜び。これからは、相手の顔を思い浮かべながらメールのやりとりができます。
 さて、いよいよ感動のステーンハンマルの自筆譜との対面です。どのように見せていただけるのだろう・・と思っていたら、渡されたのは、厚紙のファイルに直接そのまま入った譜面そのもの!「こんな簡単な保存方法で良いのだろうか?」と思いつつ、おそ〜るおそる、紙が破れないようにファイルから取り出しました。
 今回、見せていただいたものは
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●「晩夏の夜 Sensommarnätter 作品33」より、第1曲と第2曲の鉛筆スケッチ
●「Allegretto grazios」 と 「Poco vivace, dolce e con molto grazia」(「晩夏の夜 Sensommarnätter 作品33」に入れる可能性があった2曲。実際は、この2曲は抜かされた全5曲で出版された) のペン書きの自筆譜
●「ピアノ協奏曲 第2番 作品23」の鉛筆スケッチ
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「晩夏の夜」と「ピアノ協奏曲」の鉛筆スケッチは、曲のほんの一部でした。(ピアノ協奏曲は第4楽章の冒頭スコア)しかし、実際に出版されたものは、そこから、さらに音が加えられていたり、または、逆に簡素化されていたり。彼がどういうイメージで曲を作りはじめ、最終的にどういう響きの方向を探っていったのかを想像できる、たいへん貴重な体験でした。
「Allegretto grazios」 と 「Poco vivace, dolce e con molto grazia」は、ちゃんとペンで清書されていて(たいへん見やすい、とても綺麗な楽譜でした)、出版されなかったものの、曲を書き上げた時点では、ステーンハンマルが作品を「完成させよう」としたことが伺われます。

 ステーンハンマルなど、スウェーデンのこの時代の作曲家の楽譜を見ていてよく思うことに、楽譜の指遣いやスラー等は、作曲家自身のものなのか、そうでないのか、ということです。ベートーヴェンやショパン、といった所謂「有名」な作曲家の作品というのは、「原典版」と言われる作曲家の意図に忠実な楽譜と、「学習版」ともいえる、校定者が校定を施した楽譜との区別がはっきりしています。もちろん、存命でない作曲家の作品の場合、何が本当に作曲家の意志か、というのは100%の保証はありませんが、様々な研究を重ねて、日々新しい発見も出て来ています。ものよっては、複数の「原典版」楽譜のエディション比較もでき、出版された複数の情報から、演奏者が真意を推測&選択することも可能です。その点、ステーンハンマルたちの楽譜は、その辺りが明確に表示されておらず、数少ない楽譜情報を「鵜呑み」にせざるをえません。
 今回、ステーンハンマルの自筆譜を見せていただいたのも、ひょっとすると、それを見ると、その辺りのことが解決できるのではないか、と思われたからです。しかし、残念なことに、「晩夏の夜」「ピアノ協奏曲」は部分的なスケッチの段階のもの。「Allegretto grazios」 と 「Poco vivace, dolce e con molto grazia」は、出版譜がないため、出版譜との比較はできません。

 今回、自筆譜を見せていただくにあたり、事前に日本からメールでやりとりをさせていただいた、貴重コレクション担当のライブラリアン Kia Hedell さんが、わざわざ挨拶に来て下さいました。彼女は、音楽学を専門とされている方なので、上記のことについて、なにかご意見があるか質問してみました。Hedellさんによると、スウェーデンは小さな国 -という表現をされていました- なので、確実なことが分るほど、情報が残っていないのが現状である、とのことでした。ただ、彼女は楽譜出版社でお仕事されていたこともあるそうで、その時の印象だと、ステーンハンマルの時代、北欧の作曲家は出版社との繋がりが非常に濃かったので、彼らが存命中に初版された楽譜は、作曲家自身の意図が現れていると思って良いのではないか、とお話し下さいました。ステーンハンマルの場合は、自身がピアニストであったことから考えても、指遣いは本人の指示であったと思われますが、これは、あくまで、彼女自身の個人的印象で、100%保証できるものではない、と念を押されました。ですので、できるだけ作曲家の意図を汲みたいと思ったら、作曲家が生きていた時代に、北欧、またはものによってはドイツの出版社から出版された初版の楽譜を見てみるしかないのが現状、とのことでした。

 他にも、ステーンハンマル のことを調べるなら、全3巻からなる Bo Wallner の「ステーンハンマルと彼の時代 Stenhammar och hans tid」が一番良いけれど、こちらの本はおそらく絶版になっているので、見つけるとしたら、古本屋さんでないと不可能だろう、というお話も伺いました。突然の日本からのメールにもたいへん暖かく応じて下さり、こちらの質問にもご丁寧にお答え下さった Kia Hedellさんには、本当に感謝致します。これからも、当会では、こちらの図書館の方々にはご協力をお願いすることになると思うのですが、実際にお会いしてお話できたのは、たいへん嬉しかったです。

スウェーデン滞在記(3)

3月17日
 この日は、午前中は20日のGöteborgでのコンサートに向け、Lilla Akademien で練習。
 午後は、夕方より ストックホルム・エステルマルム音楽アカデミーにて、8歳〜15歳のピアノの生徒さんたちにミニ・マスタークラスをさせていただきました。
 まず、音楽アカデミーの院長であられる加勢園子先生より、スウェーデンでの音楽教育事情を伺いました。スウェーデンでは、音楽を学びたいと思う子供は誰でも平等に学ぶことができる環境をつくる、という姿勢があるそうで、子供たちが安い授業料で音楽を学ぶことができる学校(音楽教室)を多くの市(コミューン)が作っているそうです。(スウェーデンのポップス音楽のレベルが高いのは、このような学校で子供の時に音楽の基礎をしっかり学ぶことができているからだという説がある、ということを聞いたこともあります。)基本的に子供たちは自分が習いたい楽器を習うことができ、楽器の貸出制度もあるそうですが、もちろん貸出できる楽器の数や教師の数も限られているため、予約してから習えるまでに何年もかかってしまうこともあるそうです。
 そんな中、ストックホルム郊外のナッカNacka市は、市から音楽レッスンのクーポン券を出し、そのクーポン券を私立の音楽学校でも使用できる制度を導入。それにより、ピアノのように、希望が集中してしまう楽器も、待ち期間なく多くの子供が学べるようになるなど、大きな成果を上げているそうです。
 加勢園子先生が院長をされているストックホルム・エステルマルム音楽アカデミーも、ナッカ市校ができ、市のクーポン券も使って多くの子供たちが音楽を学んでいます。レッスン会場は、放課後の学校内など、ナッカ市の多くの場所に分かれています。

 今回、私が訪問させていただいたのは、その中の一つ。放課後の小学校の一室。隣の部屋では、中学生がドラムのレッスンを受けていました。私が行くと、生徒さんと親御さん達、講師の先生、20人近くの方がいらっしゃいました。レッスンを受けるのは、8歳から中学生まで、6人ほど紹介されましたが、彼らを一時間程度で聴かなくてはいけないので、一人平均10分。要領よくピンポイント・アドヴァイスをしなくてはいけません。
 皆、それぞれ心を込めて演奏してくれるので、まずは、できるだけその音に耳を傾けるよう、一通り弾いていただき、その間に1点か2点ポイントを決め、他の曲にも応用できる種類のアドヴァイスをするよう心がけました。小学生であろうとも、「こういう音が出したい」とまず感じることが大切だと思うのですが、「ここはどのように弾きたいか」という種類の質問をすると、どの生徒さんもちゃんと答えられるのには、感心しました。また、分らないとちゃんと質問もする。このように反応があると、教える側の引き出しもどんどん開いて来ます。できる限り、自分で話せるように努力したのですが、細かいことは、やはり加勢園子先生に通訳していただかなくてはなりません。でも、面白かったのは、年齢が小さい子に限って、私がしゃべっていると、スウェーデン語の中にイタリア語が混じろうが、日本語が混じろうが、あまり気にせず普通に人の話を聞いていることでした。勘が良い子は、加勢先生が通訳される前にうなづいて、理解している時も・・・幼い子ほど、「どこの国の人」でなく「人間」を「人間」にしか見ていないのだなぁ、と感じるとともに、「音楽は共通語」というのも、大げさな話でないことを実感。
 結局、見学していた生徒さんたちも弾きたくなってしまい、最終的に10人ほどの生徒さんたちのレッスンをさせていただきました。(レッスンを見ていて、自分も弾きたい!と思ってくれるなんて、光栄でした)

 16日のコンサートの企画も含め、貴重な体験をさせて下さった加勢園子先生には、深く感謝申し上げます。

スウェーデン滞在記・番外編

3月16日のコンサートの後のお話です。
 ピアノを趣味で楽しんでおられる、というおじさまから、声をかけられました。私の演奏をとても気に入って下さった、というので、私も嬉しかったのですが、「私はスウェーデン作曲家の作品が好きで演奏して来たけれど、スウェーデンの方からみると、私のスウェーデン音楽の演奏はどうなのか、というのは、気になっていました。」とお話ししました。すると、その方は、「スウェーデンのピアニストたちも、スウェーデン音楽は演奏するけれど、彼らは、『これはこう演奏するもの』と決められてしまっている感じがする。その点、外国の演奏家は、自由に解釈できる、というのは利点だと思う。」とおっしゃって下さいました。
 実は、以前、日本でスウェーデンの方々の前でペッテション=ベリエルの「夏の歌」を演奏した時のこと。ある方が私のところに来て、「私はこの曲を、リュックしょって学校に通っている時から聴いているけれど、その印象とまた違うあなたの演奏は、かえっておもしろかった。」とお話し下さったことがあります。
 作曲家の意図、演奏家の個性、どちらをどの割合で演奏に取り込むか、これに関しては、演奏家の間では常に問題になることで、演奏活動を続けて行く上では最後まで悩み続ける謎であると思います。(もちろん、その二つの要素のブレンド具合そのものが、演奏家の個性となるわけですが)
 ショパンは、自作のノクターンの冒頭にシェイクスピアの戯曲の一部を書き込もうとしてやめ、「曲がひとりでに成長すればよい」と言ったと伝えられています。音楽作品を作曲家から切り離すことで、ショパンの作品が「ポーランドを代表する作曲家の音楽」を越えた国際的な音楽作品に「成長」したとも言えると思います。

 そういう意味では、ステーンハンマルを始めとするスウェーデン作曲家の音楽作品は、今なお「成長」する可能性を多いに秘めている音楽作品たちだと私は考えています。もちろん、作曲して下さった方々の意図、それをできる限り探求することは私たちの義務だとも思いますが、日本人の私たちにしか表現できない音楽を探ること、それもまた、音楽作品を成長させるための私たちの重要な役割であるに違いありません。

 ステーンハンマルたちが、遠い日本の演奏家が自分たちの作品を演奏することをいったい、どう思っていたか?それは今となっては誰にもわかりません。でも、「外国人には私たちの音楽は理解できない」と思うのではなく「新しい解釈がおもしろかった」と言って下さる方に出会えるスウェーデン。そこで生まれた音楽も、ぐっと近づいて来た気持ちになります。

 「うだうだ文章にしなくっても、音楽はひとりでに成長するのだ!」と標題音楽から距離をおいていたショパンからお叱りの言葉が聞こえてきそうですので、この辺りで・・・・

スウェーデン滞在記(2)

3月16日
この日は夕方にコンサート。前日のリハーサル、最後の録音を聴きながら朝食。宿舎のレセプションの方にスウェーデン語会話をトライ!暖かいスウェーデンの方々との触れ合いでリラックス。

午前中は、コンサートの後援をして下さっていたLilla Akademien リラ・アカデミー でピアノの練習をさせてもらいました。LIlla Akademien は、小学校から高校、そしてカレッジまである音楽学校。通常の小学校で受けるべき授業も受けながら、学校で音楽の個人レッスンもしてもらえる、というユニークな学校です。小学校の時から音楽学校に?と思うと、皆、英才教育を目指してお子様たちを入学させるのかと思ったのですが、伺ったところ、そういうわけでもなく、情操教育もできるから、という雰囲気で皆様、お子様を入学させている、ということでした。

さて、午後、いよいよ演奏会会場へ。会場は、ストックホルム近郊のSaltsjöbaden にあるUppenbarelse教会。3月に入っても雪が残っているストックホルムで、寒さを心配していたものの、中は思ったほど寒くもなく安堵。時々、コンサートも開かれている教会で(欧州では、こういう教会がけっこうあります)、グランドピアノが常設されており、事前に照明の調整もして下さいました。

6時半開演のコンサートの前に、音楽アカデミーの生徒さんたちとの質疑応答時間が設けられました。
小学生くらいのお子様たち。質問は「名前は?」「何歳ですか?」(<男の子より)「一番好きな曲は何ですか?」といたってストレート。お父様から「うちの子は今、8歳ですが、このころはどれくらい練習していましたか?」というシリアス(?)な質問も。どうなることかと思っていたのですが、いろいろな質問をしていただき、たいへん嬉しかったです。音楽アカデミー院長の加勢園子さんの的確な通訳にも感謝致します。

その後、一般のお客様も入場。いよいよコンサート開始。
この日のプログラムは
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ペッテション=ベリエル:「フレーセの花」より
W. Peterson-Berger: ur "Frösöblomster"
帰還 Rentrée
夏の歌 Sommarsång
お祝い Gratulation

ステーンハンマル:「晩夏の夜 作品33」より
W. Stenhammar: ur "Sensommarnätter Op. 33"
No. 4 Presto agitato
No. 5 Poco allegretto

武満徹:雨の樹 素描
T. Takemitsu: Rain Tree Sketch

シベリウス:樅の木 作品75-5
J. Sibelius: The spruce op.75 no.5

グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日 作品65-6
Grieg: Bryllupsdag på Troldhaugen op.65 no.6
[以上、ピアノソロ by 和田記代]

リンデ:ソナチネ 作品15-2
B. Linde: Sonatina Op.15:2

三善晃:ヴァイオリンソロの為の「鏡」
A. Miyoshi: Miroir for violin solo

アウリン:「4つの水彩画」より
T. Aulin: ur "Fyra akvareller"
牧歌 Idyll
ユモレスケ Humoresk

ペッテション=ベリエル:「フレーセの花」より
W. Peterson-Berger: ur "Frösöblomster" [arr. för vn & pf]
ローン・テニス Lawn tennis
薔薇に Till rosorna
[以上、バイオリン by H. Ticciati ピアノ by 和田記代]
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子供達も来ているコンサート、ということで、スウェーデン語で曲目解説トークも準備していた私。「フレーセの花」を弾き終えた所で、恐る恐るマイクへ向い、「フレーセ島ってどこにあるか知ってますか?」(<スウェーデン語で)と言うと、「Nej 知らな〜い!」という、シナリオ通り(?)の反応にホッと安心。外国人の片言をちゃんと聞こうとして下さった聴き手の皆様に、本当に感謝です。

武満徹以外の日本作曲家の作品を知りたい、というH. ティッチアーティさんのリクエストで、私がヴァイオリニストの友人にもアドバイスをもらいお送りした三善晃の「鏡」。ティッチアーティさんは、たいへん気に入られたようで、いつか録音もしたい、とおっしゃっていました。

終演後は、演奏会のスタッフ皆で、スウェーデン料理が食べられるレストランへ。メニューの中に、スウェーデン語の教科書に出てきたことがある料理を発見。その名も「Kåldolmar」。“スウェーデン風ロールキャベツ”と訳した記憶があるのですが、さて、いったい何?ということで、私はそれを注文。しかし、それを聞いて、長年スウェーデンに住んでいる方々でも、この料理を食べたことがない人がかなりいて、皆興味津々。皆様も、是非、スウェーデンに行かれた時はお試し下さい。(おいしかったです。)
夕食会には、コンサートのスタッフとしてお仕事して下さったストックホルム在住の音楽療法士・小林 文さん、そしてスウェーデンにジャズの勉強にいらしている広部好美さんもご一緒して下さり、楽しくも興味深い会話に花が咲きました。
 小林文さんは、スウェーデンのFMT脳機能回復促進音楽療法の療法士として認定された日本人第1号、という方。言語を使う時に使う脳の部分というのは、使う言語によっても異なるそうで、その辺りの関連からも、小林さんは、日本語を話す人にこの音楽療法がどう作用するかまで、いろいろ研究されているそうです。もっともっと伺いたいことはあったのですが、時間が足りず残念。一度、じっくり伺いたいお話しでした。
 広部好美さんは、スウェーデンを勉強の地に選んだジャズ・シンガー。感銘を受けたスウェーデン人アーティストのアドバイスを受け、留学を決意されたそうです。この日のコンサートを、ウェブサイトで知って駆けつけてくれた、ということで、本当に嬉しかったです。分野の違う音楽のお話し、これもまた新鮮。いつか、彼女の演奏も是非、聴かせていただきたいです。

スウェーデン滞在記(1)

3月15日
 前日の夜にストックホルム着。この日は、翌日のコンサートの為、共演のヴァオリニスト、フーゴ・ティッチアーティさんとのリハーサル。一日しかないリハーサル日なので、約束の時間に寝過ごさないように緊張していたら、ちゃんと目覚めてほっとしました。
 フーゴ・ティッチアーティ Hugo Ticciatiさんは、イギリス出身、現在はスウェーデンで活躍されているヴァイオリニストで、来日の経験もおありです。今回のプログラムは、北欧と日本の作曲家の作品集、ということで、彼と合わせをしなくてはいけなかったのは、B. リンデ Bo Linde のソナチネ と、T. アウリン T. Aulin の「4つの水彩画」から2曲、W. ペッテション=ベリエル W. Peterson-Berger の「フレーセの花」からヴァイオリン&ピアノに編曲したもの2曲。
 ティッチアーティさんとは初対面。それまではメールでのやりとりのみのおつきあい。お互いの音楽を知っていればまだしも、初めてでリンデの作品を1日でどうにかすることができるか・・・多少不安をかかえての初日ですが、お客様には、私たちがどんな状態で準備したかは全く関係がない話ですので、やると決めた以上、どうにかせねばなりません。
 ところで、日頃、原曲のソロで「フレーセの花」を演奏している私としては、ヴァオリンとの編曲版を弾くのに、正直、多少の抵抗があったのですが、今回、「ローン・テニス」を編曲版で弾いみて良かったことが一つありました。この曲、なんで「テニス」なのか?テニスをスウェーデンに紹介したのはペッテション=ベリエルらしいですが、なんでこの曲にそうタイトルがつくのかは、曲想からはピンと来ませんでした。ティッチアーティさんに話すと、「だって、テニスでお互いにボール打つように、ヴァイオリンとピアノが掛け合いするじゃない?」とのこと。なるほど。ピアノだと、右手と左手でそうなっているのですが、左手の伴奏から流れるように右手のメロディーラインに移るため、「打ち合い」というイメージに気づきませんでした。違う楽器で担当すると、その効果は抜群。競技としてではなく、優雅にテニスを楽しんでいたペッテション=ベリエルのイメージだったのですね。一つ謎が解けました。
 心配していたリンデも、まあまあ、思ったよりはどうにか。とりあえず、全部、録音し、一旦個人練習。一曲ずつ聴きながら、突貫工事で修正すべき軌道を修正。自分の持ち味も出しつつ、バルトークやストラヴィンスキー、そして現代曲がお好き、というティッチアーティさんの持ち味が損なわれないように試行錯誤。
 途中でティッチアーティさんが、お昼ごはんを作ってくれたので、ご馳走になりました。どうしてスウェーデンの音楽に興味を持ったか、お互いのレパートリーの話などをしながら軽いランチ。こうした「おしゃべり」をして人間的に仲良くなるのも、お互いの音楽を理解する傷害を取り除くのに大きく役立ちます。
 最後にもう一回、リンデを通しで合わせ。午前中にやった時より、良い感じになり安堵。

 夜は、ストックホルムのお寿司屋さんへ。(スウェーデンにはお寿司屋さんが沢山あってびっくり!)翌日のコンサートを企画して下さったストックホルム・エステルマルム音楽アカデミー院長の加勢園子さんと、同アカデミーの講師の方々と夕食。がんばってスウェーデン語を話してみるも、まだまだ・・・滞在中にスウェーデン語会話も少しでも上達させねば、と心に誓った夜でした。

スウェーデン滞在記

3月14日〜30日の間、当会主宰・和田記代 がスウェーデンに行って参りました。コンサートに二つ、出演させていただいた他、国立音楽図書館や王立オペラ座の資料室で貴重な資料を閲覧させていただいたり、当会主催公演の出演者はじめ、多くのスウェーデン演奏家との交流もして参りました。少しずつ、ご報告したいと思いますが、まずは、旅行日程概要のご紹介です。
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14日 ストックホルム着
15日 H. ティッチアーティさん(vn)とのリハーサル
16日 ストックホルム近郊で、H. ティッチアーティさんとジョイント・コンサート
17日 エステルマルム音楽アカデミーにて子供達へのマスタークラス
18日 国立音楽図書館にて、ステーンハンマルの「晩夏の夜」「ピアノ協奏曲 第2番」の自筆スケッチ閲覧。
19日 ペッテション=ベリエル協会の例会に出席
20日 イェーテボリでソロリサイタル・A. エルキェーさん(当会出演経験者のフルーティスト)とM. フォーゲルさん(同ギタリスト)と再会
21日 ステーンハンマル ホールで弦楽四重奏の演奏会鑑賞
22日 ステーンハンマルのお墓参り・教会で合唱の演奏会鑑賞
23日 ピアニストのM. ホルムルンドさんとスウェーデン音楽談義・ストックホルムへ
24日 王立オペラ座資料室で、ステーンハンマルの時代のポスターのコピーを閲覧・ベルヴァルドホールで、スウェーデン放送交響楽団の演奏会鑑賞
25日 ウプサラで、ウプサラ室内管弦楽団&R. ブラウティハム(pf)の演奏会鑑賞
26日 ストックホルムのコンサートハウスで王立ストックホルム管弦楽団による子供の為の演奏会鑑賞・王立オペラ座でバレエ「オネーギン」鑑賞
27日 コンサートハウスで弦楽四重奏の演奏会鑑賞・王立オペラ座でオペラ「フィガロの結婚」鑑賞
28日 O. エクベリさん(当会出演経験者のピアニスト)出演の声楽の演奏会鑑賞・教会での合唱と室内オーケストラの演奏会鑑賞
29日 国立音楽図書館でステーンハンマルの自筆譜(声楽曲中心)を閲覧
30日 帰国

おすすめコンサート情報

この春、当会主催公演に出演者によるコンサートの情報をいくつかいただきましたので、ご紹介させていただきます!
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♪当会正メンバーのヴァオリニスト、荒井絵梨のリサイタルです。
■2010年4月22日(木) 19:00開演
 会場:めぐろパーシモンホール 小ホール
『荒井絵梨 ヴァオリンリサイタル』
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第1番 ニ長調 作品12の1
ストラヴィンスキー:イタリア組曲
フォーレ:ヴァイオリンソナタ第1番 イ長調 作品13
シマノフスキー:夜想曲とタランテラ 作品28
(ピアノ マルコ・グリサンティ)

全席自由 2,800円
詳しくは→こちらまで。

♪当会主催公演に度々登場して下さっている、スウェーデン出身のギタリスト マーティン・フォーゲルさんによるリサイタルです。
■2010年4月17日(土) 19:30開演
 会場:杉並公会堂小ホール
『マーティン・フォーゲル ギターリサイタル』
J.S.バッハ: Adagio & Fuga BWV1001
F.シューベルト: 3 Lieder
F.ショパン: Nocturne
M.フォーゲル: YoZakura
A.ホセ: Sonata 他

全席自由 前売:3000円 当日:4000円
詳しくは→こちらまで。

♪フレッシュコンサートにご出演のヴァイオリニスト、久保静さんが、当会のコンサートでも大人気だったシェーグレンのポエムを演奏されるジョイントコンサートがあります。
■2010年4月28日(水) 19:00開演
 会場:音楽工房ホール(楽器博物館2F 浜松市)
『ほっと Concert 〜珠玉のひびき〜 Vol.2』
ブラームス:スケルツォ
シェーグレン:ポエム 作品40
サン=サーンス:カプリス
ラロ:スペイン交響曲 作品21 より第1楽章
ベートーヴェン:スプリング・ソナタ 作品24
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第5番より 第1楽章

一般 1,500円 学生 1,000円
当会にお問い合せいただければ、詳細情報お伝え致します。

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