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無事終了致しました!

「スウェーデン音楽の調べ vol. 7」、昨日、終了致しました。多くのお客様にいらしていただき、本当にありがとうございました。遠くから来て下さった方もいらっしゃり(これが、尋常ではなく、遠かったのであります。これ以上遠いと・・・外国になっちゃうくらい。)感激でしたが、スウェーデンの歌曲の数々、お楽しみいただけていれば、光栄です。
ところで、当日のアンコールは、下記の2曲でした。

ペッテション=ベリエル:アスポーケルス=ポルスカ
シェーグレン:Ro, ro, ögonsten

さて、次回の当会主催公演は、1月8日のニューイヤーコンサート。曲目リクエスト受付、残り2日です!

続・ペッテション=ベリエルの歌曲

前回、ペッテション=ベリエルの歌曲について少し書かせていただきましたが、今日は「スウェーデン音楽の調べ Vol.7」で演奏させていただく曲について少しだけ。
 今回、演奏させていただくペッテション=ベリエルの歌曲は「待つ時間は特別」「ボリエビー=ワルツ」「コッパルフロイエルンの旅籠で」「グッレバーンの子守唄 第5曲」の4曲です。
 「待つ時間は特別」「ボリエビー=ワルツ」「コッパルフロイエルンの旅籠で」は、スウェーデンの詩人カールフェルトの詩集「フリードリンの歌」「フリードリンの楽園」からとられています。カールフェルトの詩は、スウェーデンのダーラナ地方の生活を彷彿とさせるもの。季節感が感じられるところも、季語を使った俳句を楽しむ日本人には馴染みやすいものがある気がします。寒い冬がある北欧の国々にとって、季節はやはり大切なのですね。「待つ時間は特別」は、春を心待ちにするスウェーデン人ならではの感性がとても良く出た内容で、もちろん、ペッテション=ベリエルの音楽にもそれは表れています。「ボリエビー=ワルツ」は、スウェーデンのフォークダンス、ワルツのリズムに合わせて、出兵する兵士の歌が秋の終わりを予感させる空気の中で歌われます。そして、「コッパルフロイエルンの旅籠」はおそらく収穫の時期を迎え、忙しくなる前の夏の終わりを彷彿とさせます。
 そして、コンサート最後は「グッレバーンの子守唄 第5曲」。5曲からなる組曲の最終曲。この作品は、ピアノ伴奏版と共に、オーケストラ版(大小、2種類の編成バージョンがあります)でも作られています。ピアノ版とオーケストラ版は、ほぼ同時期に書かれているようですが、演奏した感じでは、明らかにもとから「オーケストラ」をイメージした内容。詩は、ヴィルヘルム・フォン・ヘイデンスタム。(ステーンハンマルの合唱曲「スヴェーリエ」も彼の詩です。)内容は、男の子が夕日に乗っかって転がって行き、宇宙に行ったり、極楽浄土に行ったり、そこで伝説や神話の登場人物に会って・・・最後はお母さんに起こされて夢(?)から醒める、という、なんとも楽しい冒険のお話し。オーケストラ版をイメージして・・・当日はちょっとしたサプライズもご用意しております!

 というわけで、最終の事前リハーサルも終了!あとは、演奏者も本番を待つのみ。多くのお客様と、すばらしいスウェーデン歌曲の数々をご一緒に味わうのを楽しみにしております!

ペッテション=ベリエルの歌曲

「スウェーデン音楽の調べ Vol.7」は、ペッテション=ベリエルの歌曲で締めくくります。ペッテション=ベリエルは、作曲の他、音楽評論家としても活躍、他、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を自らスウェーデン語訳してスウェーデン初演(指揮)したり、ニーチェの哲学書をスウェーデン語訳したり、といった執筆活動も行っています。。。とう内容をだけを頭に入れて、彼の歌曲を聴くと、ひょっとすると「あれれ?」と思うかもしれません。
 彼はグリーグを尊敬し、グリーグの様に、スウェーデンの民謡やフォークダンスのメロディーをピアの編曲したりもしています。今回、とりあげる歌曲は、おそらく彼のそういった部分がより強く出ている作品ではないかと思います。彼は、オペラやオーケストラ作品も書いていますが、現在、最も良く演奏され、多くのスウェーデン人に愛されている彼の音楽は、一度聴いたらメロディーが頭から離れなくなってしまうような民謡風の歌曲、そして「フレーセの花」を代表する北欧の自然を思わせるタイトルがついたピアノ小品の数々です。
 彼の歌曲やピアノ曲の中には、スウェーデン人が「民謡」「伝統音楽」だと間違ってしまう曲もあるそうです。ある人が、「ペッテション=ベリエルは、スウェーデンの山田耕筰」と言っていましたが、ある意味、的を得てるかもしれません。私たちも、「あかとんぼ」や「まちぼうけ」を、作曲者の名前を意識せずに、日本に昔からあるメロディーとして口ずさんでいませんか?実は、今年、向野由美子(メゾ ソプラノ)と和田記代(ピアノ)でスウェーデンで歌曲コンサートをさせていただいた時、山田耕筰を「日本のペッテション=ベリエルです」と紹介し、敢えてペッテション=ベリエルと山田耕筰の歌を混ぜて演奏してみたところ、スウェーデンの方々にも楽しんでいただけたようです。(スウェーデンに「山田耕筰協会を作ろう!」と言い出した方もいらっしゃいました・・・)
 今回の演奏会で取り上げる個々の作品については、また次の記事で!

アルヴェーンの歌曲

前回は、ド・フルメリの「心の歌」について書きましたが、今日、お話しさせていただくアルヴェーンの歌曲も、フルメリの「心の歌」同様、愛する人への曲です。
今回「スウェーデン音楽の調べ vol.7」で演奏させていただくのは、「エルネスト・ティールの7つの歌」から“君に焦がれて”“森は眠る”“見よ、おまえは歓喜の声と共にやってきた”の3曲です。「君に焦がれて」「森は眠る」は、特に有名です。この題名を見るだけでビョルリンクの声が聴こえてきてしまう人もいらっしゃるのではないでしょうか?(ビョルリンクは、スウェーデンの名テノール)
アルヴェーンと言えば、「夏至の徹夜祭」。スウェーデンのフォークダンス・メドレーのような、楽しいオーケストラの作品。そんな元気になる音楽を書くアルヴェーンの愛の歌も、熱いです!「君に焦がれて」「見よ、おまえは歓喜の声と共にやってきた」は、イタリアオペラのアリアのように、歌い手の「声」そのものも堪能できる魅力もあります。シェーグレンとは対照的に、小編成の作品よりもオーケストラ作品の方を多く残したアルヴェーンの音楽を代表する歌曲ともいえると思います。その中で「森は眠る」は独特の静けさが魅力の作品。6月、スウェーデンでは日がなかなか沈まない時期の夜の森です。

ステーンハンマルと同年代のアルヴェーン、二人の音楽の違いもお楽しみいただけると思います!

ド・フルメリ:心の歌 作品27

「スウェーデン音楽の調べ Vol. 7」の曲目についても、後半に突入です!
今日は、グンナル・ド・フルメルの「心の歌 作品27」について。
前回の記事で、シェーグレンとパリの繋がりの話をしましたが、このグンナル・ド・フルメリも、パリと関係が深いスウェーデン作曲家です。パリでは、コルトーについてピアノの勉強をしています。。。というところからもお分かりいただけるように、名ピアニストでもあった作曲家でした。ピアノ・ソロ作品、管弦楽付きのピアノ作品はもちろん、ピアノが入った室内楽曲もたくさん残しています。ご本人のピアノの腕前が分るような、テクニック的にも高度な作品が多いのですが・・・これは、彼の歌曲作品のピアノパートでも言えることです。
当会では、彼の「4つの中国の歌 作品66」を取り上げたことがありますが、ピアノを担当した筆者、歌曲のピアノパートでこんなにテクニック的に豪華(?)な作品は初めて弾きました。(普通にピアノ曲として、とんでもなく難しい=たいへん充実している)
今回とりあげる「心の歌 作品27」は、彼の歌曲作品の中でも、おそらく一番人気のある作品だと思われます。もちろん、彼のピアニスティックな魅力も満載。6曲からなる作品は、すべてペール・ラーゲルクヴィスト(この方もノーベル文学賞を受賞しています)の詩集「心の歌」からとられています。熱いラブレターのような内容の作品は、言葉を大切に大切に扱ったようなメロディーライン。歌詞を無視すると、なんでここで拍子が変わるのか?とちょっとピアノパートはドギマギしそうになる曲ですが、まるで「語る」ように言葉が自然な形で入るようにできていることが分ると納得。
最近、誰かに恋をしている方、恋をしたい方、ド・フルメリ「心の歌」、ご一緒にじっくり味わいませんか?

シェーグレン:H.ニュブロムの5つの詩

いよいよもうあと5日に迫った「スウェーデン音楽の調べ vol.7」です!
今日は、その中のシェーグレン:ヘレナ・ニュブロムの5つの詩 Op.63について。
エミール・シェーグレンは、1953年生まれのスウェーデンの作曲家。若いステーンハンマルに作曲を教えていたこともあります。私の印象としては、ドイツに留学し、ドイツ音楽の影響から作曲を始めた人が多い時期に、フランスの影響を受けた作曲をした初めてのスウェーデン人・・・だったのですが、実は、この時期、かなりのスウェーデンの音楽家がフランスに留学していたらしいことを最近、知りました。(「四つの水彩画」で当会ではお馴染みのトール・アウリンのお姉さんヴァルボリ・アウリンもパリで作曲の勉強をしているのですね・・)
さて、シェーグレンも、もともとベルリンで勉強した方ですが、ベルリンでも、サンサーンスやビゼーなどのフランスの作曲家の作品に感銘を受けています。
結婚してから、フランス語ができた奥様のがんばりもあり、パリで大成功。人生後半は、暖かい時にスウェーデン、寒い時にパリ・・・というような生活を送っていたようです。
彼は、オーケストラ作品はほとんど書いていませんが、ヴァイオリン作品、ピアノ作品、そして多くの歌曲を残しています。彼のヴァイオリン・ソナタは、エネスコ、イザイ、ティボーも好んで演奏していた、と言われています。また、彼の歌曲の中には、フランス語訳をつけて出版されたものもありました。当時としてはめずらしい、シェーグレンの作品のみのコンサートもパリで度々開かれていた、といいます。

今回、私たちが演奏させていただく「ヘレナ・ニュブロムの5つの詩」は、彼のパリでの生活が始まった後の重要な作品の一つ。私たちから見ると、フランスの香りが独特の風合いで北欧の響きとブレンドされた、まさに「シェーグレンらしい音楽」という印象なのですが、当時のスウェーデンでは、ちょっと衝撃的だったようです。シェーグレンの信奉者だったペッテション=ベリエルも、この時期のシェーグレンの作品を「無計画な和音進行」の音楽と(ネガティブな意味で)言っていたようですし、面白いことに、当時の批評などを見ると、スウェーデンではシェーグレンの音楽とフランス音楽の結びつきについてはあまり言及がないそうです。

さて、皆様の印象はどんな感じなるでしょう?是非、ご自身の耳で確かめにいらして下さい!
ところで・・・この作品は、歌詞がスウェーデン語でなく、デンマーク語です。発音が似ているようでかなり違い、字面はかな〜り近いというスウェーデン語とデンマーク語。同じプログラムで歌わなくてはいけない歌い手・向野由美子、現在、大奮闘中であります!しかし、気合い入っています!

再び、M. カルコフ:3つのロマンス 作品239

すでに何度か触れさせていただいた、「スウェーデン音楽の調べ Vol.7」で世界初演の予定の、M. カルコフ:3つのロマンス 作品239。
 3つの歌曲からなるこの作品ですが、最初の2曲は、すでに話題にさせていただいた、今年のノーベル文学賞受賞者、トーマス・トランストロンメルの俳句の形式による詩が歌詞として使われています。
 そして、最後の一曲は、ネリー・ザックスの「燃え上がる謎」からとられた詩によるものです。ザックスは、ドイツ出身ですが、ナチスの迫害を逃れてスウェーデンに亡命した作家。この方も、ノーベル文学賞を受賞されています。ザックスの詩は、ドイツ語で書かれていますが、カルコフの作品は、そのスウェーデン語訳による歌曲となっています。
 最初2曲が、俳句の形式による、自然の中の一場面を切り取ったような内容なのに対し、最後の1曲は、ザックスの生涯と深く関わりをもつと思われる、精神的な内容。東洋文化への強い憧れも持っているモーリス・カルコフが、この3つの詩からどのような音の世界を作ったのか。本番のお客様が作って下さる会場の空気の中で、その音の世界がどんなふうに形作られるのか、演奏者側もたいへん楽しみにしています。

ステーンハンマルの音って?

前回の記事でも書いたように、現在、「スウェーデン音楽の調べ vol.7」の為、ステーンハンマルの歌曲に取り組んでいますが・・・

今回の演奏会の出演者、私・和田記代(ピアノ)と向野由美子(メゾ・ソプラノ)は、今年、スウェーデンでいくつかコンサートをさせていただきました。私、和田記代は、今回、1ヶ月の滞在となり、期間中、様々な場所でピアノを触らせていただくことになったわけですが・・・なぜか、どのピアノも、「スウェーデン語」をしゃべる!どういう意味かというと・・・なんだか音がスウェーデン語に聴こえてくるのであります。(この話は、スウェーデンで誰にしても、とっても面白がられました)いえ、実をいうと、一回だけ、イタリア語をしゃべる(?)ピアノに出会いました。そのコンサートで担当して下さった調律師さんは、ピアニストの好みの音にしたい、ということで、調律の前にピアニストの演奏を聴きて下さる、という方。私が弾いているのを聴いた後、2つ鍵盤をたたいて「これとこれだと・・たぶん、こっちの音のが好きでしょ?」と確認。はい、ご名答!その通りでした・・・で、2時間ほど、凄い勢いで仕事されて、「う〜ん、時間制限あるんで、この程度でがまんして!」と言われて再び弾いたピアノは、なんと既にスウェーデン語をしゃべっていました。

ピアニストにとっては、場所場所で違う楽器を演奏しなくてはいけない、というのが欠点でもあるのですが、こうやって、場所柄で違った音を発見できるのは、ピアニストの特権です。

それで、何がお話ししたかったかと言いますと、その1ヶ月の滞在中に、ある日突然「やっとステーンハンマルの音を見つけた!」と思った瞬間があったのです。ステーンハンマル友の会 が2004年に発足以来、ずいぶんとステーンハンマルの作品を弾かせていただきましたが、その時には、過去のすべての自分のステーンハンマル演奏をキャンセルしてしまいたいぐらいの衝撃でした。「うわ、今まで、とんでもないステーンハンマルを弾いてしまった!」とご本人に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったわけですが。

さて、一ヶ月の滞在の後、帰国してピアノに向ったところ。やはり、予想通り、日本のピアノは日本語を話しておりました。さて、どうしたものか・・・
「スウェーデン音楽の調べ vol.7」の会場のピアノが何カ国語しゃべれるかは、行って確かめないと分りませんが、どんなピアノであったにせよ、少しでも「ステーンハンマル本来の音」に近いものが出せれば、と願っています。

ステーンハンマルの歌曲

さて、いよいよ「スウェーデン音楽の調べ Vol.7」あと一週間ちょっとです!
今回は、歌曲特集。なんと言っても、スウェーデンは歌の国。自信を持ってお届けするプログラムになっております。

さて、そのプログラムについて、少しずつお話ししていきたいと思います!

まずは、ステーンハンマルの歌曲。今回は、「森の中で」「月の光」「アダージョ」「フィルギア」の4曲を演奏させていただきます。ステーンハンマルは作曲の他、指揮、そして名ピアニストとしても活躍した人です。なのですが、意外にもピアノ・ソロ作品はあまり多く残されていません。そして、そのピアノ・ソロ作品に関しても、「ピアノという楽器の使い方」とい点からいくと、私個人の意見で言えば、多少、疑問が残るものが多いです。(ピアニスティックな意味で問題がある=音楽に問題がある とは必ずしも言えません。念のため。)それで、また、これも私の個人的な意見ですが・・・実は、彼の作品の中で、最もピアノという楽器が上手に使われているのは、歌曲のピアノパートなのではないかと思っています。

今回、演奏する作品、4曲とも素晴らしいのですが、特に「森の中で」「アダージョ」は本当に、演奏していて「ピアノが弾けて良かった」と感じる作品です。どうやったら、あの「アダージョ」のピアノ音形を思いつくものなのか・・・いえいえ、思いついているのではないのです、ステーンハンマル様は。

彼は、知合いへの手紙の中で、こんなことを言っています
「・・・私が文章に作曲をするとき、何かを見つけようと考えたりしない。というのは私は何かを見つけるわけではないから。ただ、詩を読んで、詩の中に入り込んで、言葉の響きに耳を傾ける。やがてそれが音の響きになり、メロディックな言葉となり、そしてメロディーが語られるまで。そして和音は言葉の響きに続いてそっと動き、完全なアイディアに成長して行く・・・・」
かなり大雑把な日本語訳ですが、だいたいのニュアンスはお分かりいただけるでしょうか?つまり、彼の歌曲作品は、「音楽に言葉がついた」ものでも、「言葉に音楽がついた」ものでもないのでしょう。

今回のコンサートのステーンハンマル作品、上記の彼の言葉が納得できる選曲になっております!

※ステーンハンマル「森の中で」下記で聴くことができます。
→オントモ・ヴィレッジ

当会正会員のコンサートのご案内

当会生会員の荒井絵梨(ヴァイオリン)が出演するコンサートのご案内です。
「フレンズ in ピエディルーコ国際音楽祭」
2011年12月6日(火)7:00開演
高輪区民センター・区民ホール
全席自由 2000円
チケットのお申し込みは、下記まで
caramusica7-info9@memoad.jp(荒井)
Eri_flyer

M. カルコフ:3つのロマンス 作品239

 前回の記事でも書かせていただいたように、11月27日のコンサートで、モーリス・カルコフの「3つのロマンス 作品239」を世界初演することになっております。
 モーリス・カルコフ氏は、1927年生まれのスウェーデンの作曲家。実は、今回の演奏会の出演者、メゾ・ソプラノの向野由美子と、ピアノの和田記代は、今年の春、スウェーデンを訪れた際に、幸運にもカルコフ氏にお会いする機会を得ることができました。当会では、氏の「10の日本の歌 作品45」を度々取り上げていましたが、その時には、作曲者の前でこの作品を演奏し、アドヴァイスを受けることもできました。
 氏のご希望もあり、今回、とりあげることになった「3つのロマンス 作品239」ですが、世界初演であることから、ある意味、全く先入観なく、楽譜から直に作曲者のメッセージを受け取る作業となります。最初の2曲は、トランストロンメル氏の俳句からインスピレーションを受けた作品。自然界の一瞬を切り取ったような、まさに俳句の世界を思わせるスウェーデン語の詩の世界は、それを受け取った人も、様々な解釈が可能になります。さて、こうした詩からインスピレーションを受けて作曲された音楽を演奏する時、問題となるのは、その詩の解釈を、演奏者側の感性に偏らせるか、もしくは、作曲者側の感性に偏らせるか。
 作曲者の感性によって、音が生み出されたわけなので、自然に考えれば、作曲者の感性を聞いてみたくなってしまうのが常・・・というわけで、今回は、それができてしまうわけです!
 いったい、この部分はどういった情景をおもい浮かべていらっしゃいましたか?・・・というメールの問いかけに、お答え下さるカルコフ氏の返答が、またもや、読み手によって様々な解釈が可能だったりするなんとも詩的な表現。「ということは・・・こういうことですか?」というこちらのイマジネーションに、またもやカルコフ氏のファンタジックなご返答。
 言葉が、音を生み、その音がまた言葉を膨らませ、そして音に新たな広がりがでる・・・なんとも楽しい作業です。そして・・・この楽しい作業がしっかり音楽で表現できるかは、演奏者の腕にかかっている、ということで。しっかり準備致します!
 他、楽譜の記載ミス、楽譜には記載されていないテンポの変化・・細かく作曲者に確認できるのは、なんとも幸運なことです。

 ぜひぜひ、皆様、聴きにいらして下さい!
→詳しくは、こちらまで

トーマス・トランストロンメル

11月27日(日)に開催する「スウェーデン音楽の調べ Vol.7」は、歌曲の特集です。
今回、このコンサートの中で、モーリス・カルコフ氏による「3つのロマンス 作品239」を世界初演させていただきます。
 この作品ですが、3つのうち、最初の2つの歌曲の歌詞は、トーマス・トランストロンメル(トランストローマー)によるものです。トランストロンメルは、今年のノーベル文学賞の受賞者。日本の俳句の形式にのっとり、3行からなる詩集「Haiku」を書いていて、この歌曲の歌詞も、その中からとられています。

 このトランストロンメル氏、ピアノもお弾きになり、なんと、モーリス・カルコフ氏の作品を初演も何曲かしています。下記で彼の演奏も聴けます!
earT. トランストロンメルによる自作の詩「Allegro」の朗読とZdnig Fibichiのピアノ曲の演奏

この「Allegro」も素敵な詩で、英語訳、みつけました。
eye T. トランストロンメル:Allegro の英語訳

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