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イレーヌ・マンヘイメルさん

Cimg2200当会のピアニスト、和田記代が今年、春と夏にスウェーデンを訪れた際、幸運にもスウェーデンのピアニスト、イレーヌ・マンヘイメル Irène Mannheimerさんにお会いすることができました。

今回、彼女にお会いできたのは、グンナル・ド・フルメリの音楽がきっかけでした。ド・フルメリのチェロ・ソナタ2番を今年の音楽祭で演奏するにあたり、ド・フルメリについて、様々な方にお話しを伺った中で、ド・フルメリの姪御さん、エヴァ・ルタンデルさんから、ド・フルメリについて知りたければ、彼の作品をたくさん演奏したピアニスト、イレーヌ・マンヘイメルさんに会うことを勧められました。いろいろな方のご協力のもと、マンヘイメルさんのお宅にお邪魔して、いろいろ貴重なお話しを伺うことができました。

マンヘイメルさんと言えば、私たちにとっては、なんといってもステーンハンマルのピアノ協奏曲 第1番(アッテルベリ編)のピアニスト!私(和田記代)にとっては、カップリングされていた「晩夏の夜」とともに、ステーンハンマルのピアノ曲に最初に出会ったきっかけともなったCDでした。

ステーンハンマル:ピアノ協奏曲 第1番、晩夏の夜
http://www.sterlingcd.com/catalogue/cds1004.html

フランス留学中に歌曲がきっかけでステーンハンマルに興味を持った私ですが、パリの中古CD屋さんで、このCDを発見。聴いてみると、協奏曲のピアノパートは、かなりの重量級・・・・にも関わらず(?)、ピアニストの名前はどうみても女性。全く未知のピアニストでしたが、繊細な表現の中にもしっかりしたテクニックに裏付けられた演奏に、「いったい何者?」と思ったのをよく覚えています。というわけで、彼女とお会いできることになった時には、本当に感激しました。

実際にお会いしたマンヘイメルさんは、本当に素敵な方で、実際にスウェーデンの作曲家に会って話したこと、感じたことをいろいろお話し下さいました。ステーンハンマルとは年代的に実際に会うことはなかったものの、彼女のおじいさまは、ヨーテボリのコンサートハウス建設に関して経済的な援助をしたこともあり、ステーンハンマルとは仲良しで、ステーンハンマルについてもいろいろな話しをおじいさまから聞いていたそうです。(おじいさまとステーンハンマルが仲良く腕組みをしている写真も見せていただきました!Bo Wallnerのステーンハンマルの本を持っていらっしゃる方は、2巻のP.593に掲載されているものです♪)

ステーンハンマルのピアノ協奏曲 第1番(アッテルベリ編)は、ステーンハンマルゆかりのオーケストラ、ということで、まずはヨーテボリ響で録音する、ということが決まったこと。他、指揮のデュトワのこと、録音当時の状況をいろいろ聴くに・・・「え?!あの作品をそんな状態で録音したんですかぁ?」と驚く裏話も。とにかく、数多くの演奏経験をされたはずですが、かなり細かいことまで、いろいろなご経験を覚えていらっしゃるところに、彼女の1つ1つの演奏への思い入れを感じました。

他、チェリストとしてのアッテルベリとの共演の話、同年代で仲良しだった作曲家モーリス・カルコフの話、お弟子さんだったステファン・リンドグレンの最初のピアノ協奏曲の話など、時折、いろいろなライブ録音やラジオの録音を聴かせていただきながら、様々なお話しをしていただきました。

彼女とお会いするきっかけとなった グンナル・ド・フルメリとは、実際に親しく、彼のこと、作品のこともいろいろ伺いました。ド・フルメリの「ピアノとオーケストラの為の変奏とフーガ」は、スウェーデン放送響、ストックホルム・フィルとの共演の2種類のライブ録音も聴かせていただき、ド・フルメリ自身のコメントが書き込まれた彼女の楽譜も見せていただきました。(もちろん、ド・フルメリのコメントは、すべて自分の楽譜に書き写させていただきました。)

フランスに留学で、ペルルミュテールについて勉強されたイレーヌ・マンヘイメルさん。フランスに留学経験のある私は、そういった意味でも一緒にお話しするのが楽しかったのですが、そんな彼女のド・フルメリの録音は今のところ、一般に手に入るものがないのが実に残念です。

現在でも、演奏会で演奏されているマンヘイメルさん。いつか、コンサートを聴かせていただく機会があれば、と願っています。

他のマンヘイメルさんの録音。

R. Liljefors のピアノ協奏曲
http://www.sterlingcd.com/catalogue/cds1017.html

O. Olsson のピアノ作品集
http://www.sterlingcd.com/catalogue/cds1024.html

W.ステーンハンマルのお孫さん!(歌曲について)

Cimg2583_2当会の活動がスウェーデン放送のラジオで少し話題になったことがきっかけで、なんと、ヴィルヘルム・ステーンハンマルのお孫さんから当会にご連絡があり、ちょうどストックホルムにいた和田記代が、お会いすることができました。

 セシリア・ステーンハンマル Cecilia Stenhammarさんです。
セシリアさんのお父様はヴィルヘルムステーンハンマルの息子さん でバリトン歌手だったクラース・イェーラン・ステーンハンマル Claes Göran Stenhammar。セシリアさんがお生まれになった時は、すでにヴィルヘルム・ステーンハンマルは亡くなっていて、残念ながら実際にヴィルヘルム・ステーンハンマルに会うことはなかったそうですが、お父様はステーンハンマルの歌曲をいつも歌っていらっしゃり、お父様から作曲家ステーンハンマルの話はよく聞いていたそうです。
 セシリアさんが強調されていたこと、それは、ステーンハンマルの歌曲は詩(歌詞)が大切で、彼の歌曲を歌う時には“語(berätta)らなくてはいけない”というもの。ステーンハンマルは、自身の歌曲を「visor」と呼び、決して「sånger」と呼ばなかったが、それは詩が大切である、という意味だ、とのこと。
 visorとsångerの違い、というのも、スウェーデン語を母国語としていないものにとっては理解が難しいところではあります。(実際、帰国後、私も音楽祭のゲスト・チェリスト クラース・ガッゲさんと、このvisorとsångerの違いについて、メールでかなり議論になってしまいました。スウェーデン人のガッゲさんも、最後はスウェーデン語の辞書を持ち出すことに・・・スウェーデンの方々でも、ニュアンスの違いはなんとなく分るものの、細かい判断は難しいところのようです。)
 簡単に言って、visorの方がsångerよりも軽い歌の時に使う呼び方。いずれにしても、ステーンハンマルの歌曲のように、歌手にとってもピアニストにとっても技巧的に難しい芸術作品を敢えてvisorと表現するのは、意図的なのは明らかです。実際、ステーンハンマルの歌曲の中でも、とくに技巧的にも規模的にも大きな作品が多く含まれる歌曲集 Visor och stämningar Op. 26 が、はっきりとタイトルの中に「Visor」と入っているのは、私にとってもたいへん疑問なところでした。
Cimg2582  さて、話はセシリアさんに戻り・・・ジャズなども歌われていた、というセシリアさんですが、最近は、もっぱらステーンハンマルの歌曲を歌っている、とのこと。というわけで、さっそく楽譜を持っていらした「Prins Aladin av Lampan」「Du hade mig kär」「Ingalill」を一緒に演奏!百聞は一見(聴?)にしかず!クラシックの正当な歌唱法ではないのですが、彼女の「ステーンハンマルの歌曲は語らなくてはいけない!」というのが、どういう意味か、すぐに分る体験でした。(実は、かなりの衝撃でした・・・)特に“Visor och stämningar Op.26”の中の「ランプのアラジン王子 Prins Aladin av Lampan」は、転調も多く、歌のメロディーだけ聴いてみると、実はかなり音程もとりにくそう。ピアノパートも和音を掴むのが難しい曲です。でも、セシリアさんと一緒に演奏させていただき、ある意味で、この作品のメロディーや和音がいかに「自然」であるかを感じてしまったのでした。
「Visor och stämningar」がどういう意味なのか・・・私なりに今の時点での一つの結論が出た体験だったのですが、まだこの結論に確信を持つにはもっと多くのステーンハンマルの歌曲、そして他のスウェーデン歌曲の勉強・研究が必要です。
(和田記代)
●Claes Göran Stenhammarさんの歌声が少し聴けます!
●Claes Göran Stenhammarさんのコンサート・プログラムを発見!

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