代表のTwitter


Twitter på svenska

記事関連のおすすめ

カテゴリー「スウェーデン滞在記」の25件の記事

W.ステーンハンマルのお孫さん!(歌曲について)

Cimg2583_2当会の活動がスウェーデン放送のラジオで少し話題になったことがきっかけで、なんと、ヴィルヘルム・ステーンハンマルのお孫さんから当会にご連絡があり、ちょうどストックホルムにいた和田記代が、お会いすることができました。

 セシリア・ステーンハンマル Cecilia Stenhammarさんです。
セシリアさんのお父様はヴィルヘルムステーンハンマルの息子さん でバリトン歌手だったクラース・イェーラン・ステーンハンマル Claes Göran Stenhammar。セシリアさんがお生まれになった時は、すでにヴィルヘルム・ステーンハンマルは亡くなっていて、残念ながら実際にヴィルヘルム・ステーンハンマルに会うことはなかったそうですが、お父様はステーンハンマルの歌曲をいつも歌っていらっしゃり、お父様から作曲家ステーンハンマルの話はよく聞いていたそうです。
 セシリアさんが強調されていたこと、それは、ステーンハンマルの歌曲は詩(歌詞)が大切で、彼の歌曲を歌う時には“語(berätta)らなくてはいけない”というもの。ステーンハンマルは、自身の歌曲を「visor」と呼び、決して「sånger」と呼ばなかったが、それは詩が大切である、という意味だ、とのこと。
 visorとsångerの違い、というのも、スウェーデン語を母国語としていないものにとっては理解が難しいところではあります。(実際、帰国後、私も音楽祭のゲスト・チェリスト クラース・ガッゲさんと、このvisorとsångerの違いについて、メールでかなり議論になってしまいました。スウェーデン人のガッゲさんも、最後はスウェーデン語の辞書を持ち出すことに・・・スウェーデンの方々でも、ニュアンスの違いはなんとなく分るものの、細かい判断は難しいところのようです。)
 簡単に言って、visorの方がsångerよりも軽い歌の時に使う呼び方。いずれにしても、ステーンハンマルの歌曲のように、歌手にとってもピアニストにとっても技巧的に難しい芸術作品を敢えてvisorと表現するのは、意図的なのは明らかです。実際、ステーンハンマルの歌曲の中でも、とくに技巧的にも規模的にも大きな作品が多く含まれる歌曲集 Visor och stämningar Op. 26 が、はっきりとタイトルの中に「Visor」と入っているのは、私にとってもたいへん疑問なところでした。
Cimg2582  さて、話はセシリアさんに戻り・・・ジャズなども歌われていた、というセシリアさんですが、最近は、もっぱらステーンハンマルの歌曲を歌っている、とのこと。というわけで、さっそく楽譜を持っていらした「Prins Aladin av Lampan」「Du hade mig kär」「Ingalill」を一緒に演奏!百聞は一見(聴?)にしかず!クラシックの正当な歌唱法ではないのですが、彼女の「ステーンハンマルの歌曲は語らなくてはいけない!」というのが、どういう意味か、すぐに分る体験でした。(実は、かなりの衝撃でした・・・)特に“Visor och stämningar Op.26”の中の「ランプのアラジン王子 Prins Aladin av Lampan」は、転調も多く、歌のメロディーだけ聴いてみると、実はかなり音程もとりにくそう。ピアノパートも和音を掴むのが難しい曲です。でも、セシリアさんと一緒に演奏させていただき、ある意味で、この作品のメロディーや和音がいかに「自然」であるかを感じてしまったのでした。
「Visor och stämningar」がどういう意味なのか・・・私なりに今の時点での一つの結論が出た体験だったのですが、まだこの結論に確信を持つにはもっと多くのステーンハンマルの歌曲、そして他のスウェーデン歌曲の勉強・研究が必要です。
(和田記代)
●Claes Göran Stenhammarさんの歌声が少し聴けます!
●Claes Göran Stenhammarさんのコンサート・プログラムを発見!

スウェーデン滞在記(15)

3月29日
 スウェーデン滞在、とうとう最後の日です。この日は、嬉しい大発見があり楽しく滞在を終えることができました・・・その大発見とは?

2010_3_29 さて、よく考えたら、せっかくのストックホルム滞在なのに、ほとんど街を見ていないことに気づきました。スウェーデン作曲家が、どんな気持ちで作曲したのか、音楽作品を理解するのに街の風景を見ることも大切だったはずなのに、なんとも情けない話です。というわけで、単細胞の私は、てっとりばやく(?)、旧市街・ガムラスタン を見ることに。
 朝早く、地下鉄でガムラスタンに到着。とりあえず、ふらふらと一周りしてみました。中世の面影を残しているということですので、単純に考えれば、名前が残っているスウェーデン作曲家たち、ルーマン以降の人々は、だいたい見たはずの景色なはずです。勝手に一人で即席タイムスリップをした気分で散策。この辺りは、こんな細い道が沢山あります。(玄関のワンちゃんに注目!)とはいえ、15分程度の散歩でスウェーデンの街の雰囲気を体感したつもりになるのは、おこがましいにもほどがあるというもの。スウェーデン音楽の理解の為にも、観光はスウェーデンでしかできない重要な作業だったはずが、うまくスケジュールを組めずに大反省です。次回は、もう少し、スウェーデンの空気を感じられるようにしたいと思います。

 街中に出て、スウェーデンの本屋さんのチェーン店 Akademiebokhandeln で、だいたい目星をつけてあった、瑞伊辞書と瑞瑞辞書を購入。スウェーデン語の辞書は、英語や仏語のように、選択肢が沢山ないのが悩みの種です。せっかく購入した多くの音楽書。いくつかの辞書を読み比べて、少しでもスウェーデン文の内容の真意に近づければ、と思います。既に購入してあった楽譜と、分厚い辞書や音楽書を、郵便局で日本の自宅に郵送。

 とりあえず、ここまで午前中にやり、午後は国立音楽図書館の最後の訪問へ。今回は、ステーンハンマルの声楽曲の自筆譜の閲覧をお願いしてありました。前回の閲覧が、想像以上に面白く、いただいた所蔵リストから、再度、メールで閲覧希望を出しておきました。この日に見せていただいたのは;
--------------------------------------
船は行く Det far ett skepp
娘は年老いた母に言った Dotter sade till sin gamla moder
スヴェーリエ (「ひとつの民族」より)Ett folk "Sverige"
幸福の国への旅 Lycklandsresan
ランプのアラジン王子 Prins Aladin af Lampan
薔薇に Till en ros
さすらい人 Vandraren
-------------------------------------
出版された楽譜を持参して行かなかったのが残念でしたが、自分がピアノパートを演奏したことがある作品をピックアップしてリクエストしました。
 自分が演奏した時の記憶をたどり、出版譜と違いそうな箇所をメモしていきました。シンプルな伴奏形から効果的な音配置に変わっていく様が分り、興味深い作業です。初稿から書き変えられた箇所は、むしろ、作曲者ステーンハンマルにとって、「そうでないといけなかった」箇所、とも言えるかもしれません。

 スウェーデンの第二国歌と言われる「スヴェーリエ」の合唱譜。こちらは清書された決定稿のようでした。たいへん緻密に書かれた楽譜は、作曲者の性格も窺えますが・・・実は、大発見はその次にあったのです!

 スヴェーリエの楽譜を裏返すと、ペンの走り書きのような楽譜が。「何かしら?」と見てみると、なんと!ピアノ協奏曲第2番の冒頭の草稿でした。一気に書いた気配で、その横に、大きな字で「Ja! (英語のYes)」と書かれています。何か、閃いたのでしょうか?その内容は、この作品が生まれる元・核ともなる可能性があるようにも見えるもの。自筆譜はコピーも禁止されていますし、悩んだ挙げ句、持っていたルーズリーフに、自分で五線を書いて写譜することにしました。
 こちらの内容・・・本当に私にとっては宝のような内容でしたが、それについては、また、改めて詳しく書かせていただこうと思います。

 次回、図書館を訪れる時は五線紙を持って行けばよい、ということがよく分りました。

 ところで、この日の国立音楽図書館での出来事です。ステーンハンマルの自筆譜の資料をカウンターで受け取って、ふと隣を見ると・・・なんと!2日前にコンサート会場で紹介された音楽学者のエヴァ・オーシュトレム先生がいらっしゃる!二人で顔を見合わせて、びっくり。エヴァ先生は、前日のハンスさん宅でもお知り合い、ということで話題になった方です。
 エヴァ先生は、現在、「スウェーデン歌曲の父」と言われているリンドブラード Lindblad の伝記を書かれているとのこと。この日も、リンドブラードの楽譜を借りにいらしていたのでした。
 エヴァ先生は、ご自身の学生たちも、なかなか自分の国であるスウェーデンの音楽に興味を持ってくれないのに、私がその分野に興味を持ったことをたいへん嬉しい、と言って下さいました。前日に、私がピアノ練習の為にハンスさん宅に行ったことを知っているエヴァ先生。「ピアノの練習場所に苦労するのは良く分るので、次回来る時は、私も力になれると思うから連絡して下さい。」と、たいへんご親切なお言葉も頂戴しました。今回は、あまりゆっくりお話しできる機会がなく、残念でしたが、いつか、エヴァ先生とも、ゆっくりお話しさせていただける機会があれば、と思います。

 さて、図書館を出る前に・・・カウンター前に並べてある本や楽譜が気になり「これ、ひょっとして購入できるのですか?」と尋ねると、どうやら古い蔵書を処分する為に一冊数百円で売っていることが分りました。実は、奥にもそのような楽譜の山があることも教えていただき、閉館間際で大慌て。ペッテション=ベリエルなどの歌曲の楽譜と、ベールヴァルド Berwald の伝記、1954年出版のMusikliv i Sverige(スウェーデンの音楽ライフ)という本を手に入れることができました。

 こうして2週間ほどにわたるスウェーデン滞在を終えました。暖かい人間関係のお陰で、思いがけず、本当に多くの貴重な体験をさせていただくことができ、色々な意味で、スウェーデンの魅力を新たに感じる旅となりました。
--------------------------------------------------------
 通年のコンサートシリーズの開催をお休みさせていただいている当会ですが、無理ない形での活動を模索しております。今回の主宰者のスウェーデン滞在でできた貴重な人との繋がりも大切に、現在、来年の活動計画も考えているところです。決定次第、またご報告させていただきますので、今後とも、応援よろしくお願い申し上げます!

スウェーデン滞在記(14)

3月28日
 さて、スウェーデン滞在も残り2日。この日は、午前中、ペッテション=ベリエル協会の例会で知り合った、ハンスさん、イェッテさん御夫妻のお宅でピアノを練習させていただきました。今回、スウェーデン滞在直後に当会のサロンコンサートが控えていましたが、ヨーテボリからストックホルムに戻ってから、一度もピアノを触っていない状況。ハンスさん御夫妻のご好意には、感謝しています。(欧州では、日本のように時間借りできるピアノ付スタジオ、というのは、めったにありません。)ハンスさんは、文化省関係でお仕事されていますが、バイオリンも趣味で演奏されています。また、ペッテション=ベリエル協会だけでなく、シェーグレン協会や、スウェーデン作曲家の楽譜出版をしている音楽芸術協会 Musikaliska Konstföreningen でも活動をされているそうです。お宅には、ベヒシュタインのグランドピアノがあり、ホームコンサートもされるとか。
 待ち合わせ場所に迎えに来て下さったイェッテ夫人、「昨日、エヴァに会ったんですってね?」と。前日夕方、携帯に待ち合わせ確認の電話を私がした時、音楽学者エヴァ・オーシュトレムさん宅に遊びにいらしていたそうです。(エヴァさんは、私が前日、たまたまコンサート会場で出会った方です。)世の中、狭いものです・・・というより、音楽が人を結びつけてくれているのでしょう。

2010_3_28 ハンスさんのお宅は、ヴァイキングの遺跡が目の前にある、というストックホルムの少し北にあります。(ヴァイキングが活躍していた頃は、海は今よりもう少し陸側まで来ていたそうです)イェッテさんお手製のひまわりの種入りのパン(写真)と、ご自分たちで摘んだブルーベリーのジャムで朝ご飯をいただきながら、色々と音楽談義。スウェーデンの音楽を演奏するにあたり、楽譜をどう解釈したら良いか(どこまで作曲家の意志が反映されているかという問題)に悩む、というお話をすると、ひょっとして、こちらの本が役に立つかも、と音楽芸術協会の150年誌を下さいました。(今、少しずつ読んでいますが、なかなかおもしろいので、いずれ、少し内容をご紹介できれば、と思います。)また、何か質問があったら、と、ステーンハンマルの楽譜を校定した方の連絡先まで教えて下さいました。ハンスさんは、お話ししているだけでも、本当に音楽がお好きなのが伝わって来る方で、次回は、是非、ハンスさんのヴァイオリンも聴かせていただければ、と思います。
 「スウェーデン音楽には、スウェーデン語の響きが深く関係していると思う」という話を私がすると、デンマーク出身のイェッテさんはたいへん面白がって下さり、デンマーク語とスウェーデン語の響きの違いを実演(?)して下さいました。確かに、デンマーク語は、スウェーデン語より固く、力強い感じ。ドイツ語に近い雰囲気でしょうか?スウェーデン作曲家もデンマーク語に歌をつけていたりするのですが、字面はスウェーデン語とたいへん近く音の違いはピンと来ないのですが、実際の会話での音を聞かせていただき、初めてその違いが実感できました。
   
 久しぶりに思いっきりピアノを練習させていただき、リフレッシュした気分で午後はストックホルム市内へ。この日は、当会のサロンコンサート出演経験のあるオスカル・エクベリ Oskar Ekberg さんがピアノを担当される歌曲のコンサートに行って来ました。会場は、Nybrokajen11 のオスカル2世ホール Lokal Oscar II。(ピアニストとの名前の一致は偶然ですね・・・)
---------------------------------
Solveig Faringer (soprano)
Oskar Ekberg(piano)

"フランス人の愛 Franska förälskelser"

Bergerettes: Mes moutons je mène
Que ne suis-je la fougère
Maman, dites-moi
Chanson de Marie Antoinette
Jeunes fillettes
Fauré: Le plus doux Chemin
Chanson d'amour
Debussy: Romance
Mandoline

from Edith Piaf's repertoire
La vie en rose
Hymne de l'amour
Mon manège à moi
Mon Dieu
Fais-moi valser
Non je ne regrette rien
------------------------------------
 会場は、80人ほどのサロン風のスペース。ソプラノのファリンゲル Faringer さんは、スウェーデン語で歌詞の内容を感情たっぷりに朗読してから歌い始めます。オスカルの演奏を聴くのは5年ぶりでしたが、サングレースで聴かせていただいた、クリアな音色は健在で、フランス音楽にぴったり。情感たっぷりに歌うファリンゲルさんに合わせつつ、知的なセンスの光る演奏で、会場を盛り上げました。
2010_3_28a 終演後、改めてオスカルにご挨拶に。久しぶりの再会をとても喜んで下さり、私もたいへん嬉しかったです。彼は、メシアンを得意とされているピアニスト。音色も演奏スタイルも、たいへん合っていると思いますし、是非、いつかメシアンの演奏も聴かせていただきたいと願っています。現在、ルーマン J.H. Roman の12の組曲を全曲、録音中で、近々リリースされるとのこと。ルーマンといえば、3月に当会のサロンコンサートで北田法子さんが取り上げ、好評だった作品です。バッハとほぼ同年代のスウェーデンの作曲家ですが、バッハではありえないような転調やリズムの変化など、ユニークな音楽です。オスカルの録音を聴かせていただけるのが待ち遠しいです。
 日本にも、たいへん良い印象を持っている、というオスカル。また、当会の日本のコンサートでも、再び演奏を聴かせていただける機会があれば、たいへん嬉しいです。なにか、当会メンバーとの交流が活動ができないか、というお話も少しだけさせていただきました。少しずつでも、末永く続く活動をお互い、考えていければ、と思います。
 
 さて、この日はその後、もう一つ、イマヌエル教会 Immanuelskykanでの合唱のコンサートに行って来ました。今回の合唱団は、イマヌエル教会が作っている合唱団 Immanuelskyrkans Vokalensemble。(スウェーデンでは、各教会でも、合唱団を組織していることろが多いそうです。)王立管弦楽団のメンバーを中心とした室内オーケストラも加わる演奏会で、2日前にご一緒したヴィオラのペーテル・エリクソンさん、チェロのクラース・ガッゲさんも演奏される、ということでご招待していただきました。
------------------------
『フランスの合唱音楽 Fransk körmusik 』
指揮:Mats Nilsson

F. Poulenc: Quatre motets pour un temps de pénitence
O. Messiaen: O sacrum convivium
M. Duruflé: Requiem Op. 9
-------------------------
 図らずも、この日は私にとってフランス音楽特集になりました。
 前半がア・カペラ。デュルフレで、オルガンと室内オーケストラが入りました。合唱団はアマチュアですが、この曲目をこなせるレヴェルといえば、だいたい皆様、様子が想像がつかれるかと思います。プログラムも良く、たいへん興味深いコンサートとなりました。ヨーテボリのヴァーサ教会ほど大きな教会ではありませんでしたが、高い天井の教会独特の響きの中で、スウェーデンの合唱の音を帰国前にもう一度楽しむことができ、幸せでした。

 終演後、ヴィオラのペーテルさんは、ヴァイオリンでオーケストラに参加されていた息子さんも紹介して下さいました。「スウェーデンの音楽、好きですか?」と尋ねると、「はい!」とのこと。「じゃあ、2つのセンチメンタルロマンスとか弾きます?」と聞くと「?」。お父様、慌てて「ステーンハンマルの、すっっっごく綺麗な曲なの!」気を取り直し(?)今度は「じゃぁ、ステーンハンマルのヴァイオリン・ソナタは?」息子さん「えっとぉ・・・(汗)」pout(<私)これがスウェーデンでの普通の場面なのだと思います。
 欧州留学中、フランスでスウェーデンのソプラノ歌手に会った際、ステーンハンマルはほとんど歌ったことがないと聞き、がっかりしたことがあります。ところが、彼女からしばらくして、「ステーンハンマルの歌曲を勉強してみたら、もの凄く勉強になった。良い機会をくれてありがとう。」とメールが来たことがありました。私たちも、海外の方から指摘されて初めて日本文化の良さに気づく、ということもよくあります。外から見たからこそ分る、スウェーデン音楽の良さを私たちが発見し、そして、内から見たからこそ分るスウェーデン音楽の良さをスウェーデンの方たちに教えていただき・・・そうした交流が生まれることが、現在、演奏機会がまだ多くないスウェーデン作曲家の作品を「成長」させていくことに繋がるのではないかと思います。
 ところで、帰国後、ペーテルさんからメールがあり、息子さんには良い曲を勉強するように言う、と約束して下さいました・・・というわけで、いつか、ペーテルさんのヴィオラとともに、息子さんのステーンハンマル:2つのセンチメンタルロマンス を日本で聴ける日が来るかもしれません!

スウェーデン滞在記(13)-3

3月27日(その3)
 ランチが終わり、元国立音楽図書館員のビルさんと一緒に、コンサートハウスの弦楽四重奏の演奏会へ。コンサートハウス Konserthuset には、前日に行ったオーケストラの為の大ホールの他に、室内楽の演奏会用の中ホールグリューネヴァルド・ホールGrünewaldsalen、そして小ホール アウリン・ホール Aulinsalen があります。今回は、中ホール グリューネヴァルド・ホールでのコンサート。2階席もあり、460人入るホールです。Isaac Grünewaldによる絵が壁や天井に描かれている暖かい雰囲気のホール。
 この日のコンサートは、その名も「ステーンハンマル弦楽四重奏団 Stenhammar Quartet」によるもので、曲目は;
---------------------------
E. アンドレー:弦楽四重奏曲 ニ短調
Elfrida Andrée: Stråkkvartett d-moll
D. ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第9番
D. Sjostakovitj: Stråkkvartett nr 9

L. v. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 変ホ長調 作品127
L. V. Beethoven: Stråkkvartett Ess-dur op.127
----------------------------
今回は、カルテットの名前になっている方(=ステーンハンマル)の作品が入っていないのは残念でしたが、スウェーデンの女流作曲家 アンドレーの作品が演奏されました。この弦楽四重奏団は、1995年に結成され、スウェーデン作曲家の作品をレパートリーの中心にしているそうですので、是非、ステーンハンマル始め、様々なスウェーデン作曲家の弦楽四重奏曲の演奏を他にも聴かせていただける機会があれば、と思います。ビルさんによると、スウェーデンには、以前には常設の弦楽四重奏団が沢山あったのに、今は減って来てしまっているそうです。とても残念なことなので、このステーンハンマル四重奏団には、是非、末永く活動して欲しい、とおっしゃっていました。

 休憩時間、たまたま出会った音楽学専門のエヴァ・オーシュトレムEva Öhrströmさんを、ビルさんが紹介して下さいました。彼女は、ストックホルム王立音楽院でも教えていらっしゃり、今回、演奏会で演奏された E. アンドレーの伝記も書かれています。私はスウェーデン音楽を日本で紹介する活動をしていて、スウェーデン音楽について調べている、という話ををしました。すると、エヴァ先生は、スウェーデン音楽に関する書籍は、多くがスウェーデン語で書かれていて、英語訳されているものは殆どない現状だけれど、国外にこのジャンルの音楽を知ってもらう為には、良いことではない、というお話をされていました。
 私の場合、英語も苦手なので、問題はもっと深刻です。欧米語なら、伊語が一番得意なのですが、伊語の北欧音楽の本となると、皆無に近いです。いずれにしても、もしも、スウェーデン語を母国語としている人が書いた本を読むのであれば、翻訳本でなく、スウェーデン語で読めるのが一番。翻訳されたもの、というのは、翻訳の時点で、翻訳者の“解釈”が介入することになります。(普段の会話の中でも「また聞き」というのは少しずつ現実との乖離が生まれるというのは常です。)できるだけ真実に近づく為には、介在するものを極力取り払いたい、という気持ちになるわけなのですが・・・やはり、スウェーデンの音楽を理解するには、スウェーデンの方々がしゃべっている言葉のニュアンスを少しでも沢山感じ取れるように努力することも大切だと、今回の滞在で、また強く思いました。

(話はそれますが、語弊があるといけないので付け加えます。私も翻訳本を全面否定するつもりはありません。例えば、ある物語を誰かが演出して劇にしたり、オペラにしたり、そういった「解釈」が重なることで、物語の本質の理解が更に深まること、というのも、もちろんありえます。ですので、優れた解釈表現=翻訳ももちろん存在するわけです。そういった「解釈表現」のひとつに、音楽もあるわけで・・話がそれ過ぎましたので、とりあえずこの辺りで。)

 さて、マチネのコンサートが終わり、夕方には、王立オペラ劇場で、「フィガロの結婚」を鑑賞。12年前、11年前に来た時には、古典的な演出のオペラばかりだった記憶がありますが、今年がプレミエの新演出の「フィガロの結婚」は、現代のホテルが舞台。久々の北欧歌手中心のアンサンプル感あるオペラを楽しみました。
-------------------------------
「フィガロの結婚 Figaros bröllop」
音楽:W.A. Mozart
指揮:Stefan Klingele
演出:Oke Anders Tandberg

Greve Almaviva: Ola Eliasson
Grevinnan Almaviva: Maria Fontosh
Susanna: Elin Rombo
Figaro: Johan Edholm
Cherbino: Katija Dragojevic
Marcellina: Marianne Eklöf
Doktor Bartolo: Lennart Forsén
Basilio/Don Cruzio: Ulrik Qvale
Barbarina: Vivianne Holmberg
Antonio: Anton Ljungqvist

スウェーデン滞在記・番外編

 前回の記事で、Kammarmusikens vänner i Allhegonakyrkanという演奏会企画団体のお話をしました。スウェーデンには、コンサートホールは、大きな街にも数カ所しかありませんが(これは、欧州のどの国でも言えることで、日本ほど施設の整った演奏会専門会場が沢山ある国を、私はまだ見たことがありません。)、教会などを会場とした小さなコンサートシリーズが沢山あります。
 スウェーデンは、イースターやクリスマスなどが国の祝祭日となる、キリスト教の国ですから、教会が沢山あり、教会自体が定期的にコンサートを開催しているところも多いです。(私がヨーテボリで演奏させていただいたコンサートは、このタイプのコンサートです。)他にも、音楽愛好家たちが企画した小さなコンサートシリーズ、夏の音楽祭なども沢山あり、教会、昔の邸宅(お城?)など、様々な場所が演奏会会場として使われているようです。
 例えば、インターネットのサイトで見つけて、私が個人的にたいへん興味を持っているのは、Jernboåsens kammarmusikförening(イェーンボーセン室内楽協会)という組織です。鉄道も通っていない本当に小さな村で、教会や学校、30人ほどの小さなサロンなどを会場に演奏会を行なっているようです。内容は、驚く程充実しています。実は今回、スウェーデンに行く前にこちらの主宰者ともメールでやりとりをさせていただき、できたらお話を伺いに行きたかったのですが、実現できず、残念でした。経済的理由で、一時、演奏会企画が滞っていると聞いていましたが、ウェブサイトを見たところ、また再開しているようなので、次回は、こういった小さな町のコンサートも視察に行くことができれば、と思っております。

スウェーデン滞在記(13)-2

3月27日(その2)
 さて、ヴィルヘルム様のストークはひとまず終了。前日に教えてもらった、楽譜屋さんへ。ストックホルムにただ一つの楽譜屋さん、と言われるアウロスAulos は、セーデルマルム島にあります。ヨーテボリのProcuraと同じく、やはり、作曲家の名前のアルファベット順に整理してあるものの、楽譜は横積み。しかも、こちらの楽譜屋さんは、ちょうど見やすい位置にはポピュラー系、ジャズ系の楽譜を並べてあり、クラシック系のほとんどは、足下と、脚立を使わなくては手が届かない高い位置に置いてあります。その上、本棚が壊れそうで(手作りらしく、棚のサイズが微妙に合っていない)、見にくい+楽譜を壊しそう(?)でまるで宝探しの気分。楽譜をかかえてレジに向かうと、店員さんに「Did you enjoy?」と言われました・・・(いや、エンジョイというか、苦労しました。)スウェーデンの首都にただ一つの楽譜屋さんと言っても、はっきり言って、お目当ての楽譜を定めてお店に行くと、おそらくがっかりすると思いますが、目的を決めずに物色するのであれば、日本ではまとめて手に入れることは難しいと思われるスウェーデン作曲家の楽譜を見つけることができます。今回は、弦楽器作品を中心に、ペッテション=ベリエルのバイオリンソナタや、ステーンハンマルの弦楽四重奏曲第2番、第3番などを購入することができました。
 
 この日は、12年前、初めてストックホルムにスウェーデン音楽の楽譜探しに訪れた際、国立音楽図書館で知り合ったビルさんとランチのお約束がありました。ビルさんは、現在は既に定年退職をされていますが、これまでも、当会のコンサートの為の楽譜を送って下さったり、いろいろお世話になっている方です。約束の場所へ行くと、ビルさんは、スウェーデンの音楽事情の話を聞けるのでは、とご友人の音楽評論家 ビルギッタ・フルトさんも誘って来て下さっていました。フルトさんは、音楽評論をお書きになる他、コンサートの前にプログラム解説トークをされたり、KVAH - Kammarmusikens vänner i Allhegonakyrkan (室内楽友の会・・という感じでしょうか)というコンサート企画の委員もされています。
 実は、私もウェブサイトでKVAHは見ていて、たいへん興味を持っていたため、お話を聞くことができ、本当に幸運でした。こちらのコンサートは、音楽監督をベングト・フォシュベリBengt Forsberg(日本では、メゾのオッターのピアニストとして知られています)が務めています。伺ったところによると、運営委員のほとんどは、音楽と全く関係のない仕事をしている音楽愛好家たち。フォシュベリ氏には、演奏はもちろん、演奏会内容企画、そして出演する演奏家の紹介をやってもらっているものの、実際の運営の作業自体は、演奏家には一切してもらっていない、とのことでした。基本的に月一回のコンサートで、夏のフェスティバルもあります。会場は、教会にお願いして無料で使わせてもらえるようにできたそうです。フォシュベリ氏は自身の膨大な知識からのアドバイスをされると同時に、委員たちの意見にも耳を傾け、ご自分の利益とは一切関係のない立場で芸術監督を引き受けていらっしゃり、その結果、良いコンサートシリーズができているそうです。内容を充実させるよう努力しているので、出演者たちも出演料が安くても快く演奏をしてくれる、とおっしゃっていました。(と言っても、具体的に伺ったところ、この規模の演奏会としては、出演料は日本の相場と比べると決して安くはありませんでした。)ジョイントのコンサートで若手演奏家に出演をしてもらい、たいへん良い演奏をしてくれたので、次回はリサイタルを、ともちかけることもあるそうです。残念ながら、私の滞在中は予定が合わず、こちらのコンサートシリーズを聴くことができなかったのですが、ウェブサイトなどで内容を見るかぎり、プログラム内容も充実し、出演者たちのレヴェルもかなり高いことが想像される演奏会シリーズ。規模的に、当会にとって、たいへん参考になる演奏会組織だと思います。

 他にも、フルトさんが音楽評論を書いていらっしゃる媒体についてお聞きしましたが、スウェーデンでも、新聞のクラシック音楽に関する記事のスペースは少なくなり、クラシックの音楽評論記事を載せる媒体というのは減って来ているのが現状だそうです。また、スウェーデンでは政権が替わり、国のコンサート・マネージメント機関である Rikskonserter をなくす方針になってしまったそうです。こちらの機関は、クラシックはじめ、様々なジャンルの音楽家の国内ツアー、そしてスウェーデン国内の音楽家の海外ツアーの企画をし、たいへんな成果を上げていたはずが、今後は、こうした文化活動は地方がそれぞれでやる方針となったようで、フルトさんはとても残念だ、とおっしゃっていました。(実は、ヨーテボリで聴いたブロドスキー弦楽四重奏団の演奏会も、Rikskonserter によるツアーの一環でした。)私も、特定のジャンルに偏らない、音楽文化を全体的に捉えた形でコンサート企画をし、Nybrokajen 11というホールも所有、CDレーベル Caprice とも連係した事業を国がやっている、というRikskonsert の活動にたいへん興味を持っていて、今回、こちらの活動についても詳しく知りたいと考えていたため、無くす方針と聞いて、たいへんなショックでした。

さて、こうして思いがけずたいへん有意義なお話しを聞きながらのランチが終わり、まだまだこの日は続くのですが・・・長くなりましたので、続きはまた次の記事で。

スウェーデン滞在記(13)-1

3月27日(その1)
 王立オペラ劇場で、雇用者のリストを見せてもらった時、実は、指揮者としてメンバーになっていたステーンハンマルの名前の横に、連絡先、すなわち・・・なんと住所と電話番号を発見!思わず、ストーカーのように、自分のアジェンダの住所録にメモしておきました。(個人情報(?)なので、直接それをこちらに公表するのは差し控えますが。)
 さて、この日の朝、その住所を訪ねてみることに。前日にGoogleマップで場所を確認しておきました。地図を片手にストーク開始!
2010_3_27
 こちらが、ステーンハンマル様が1900-01年に住んでいたはずの建物です。モーツァルトの生家だとか、ショパンが住んでたアパートだとかと違い、何事もないように普通に建っております。2010_3_27ajpg全く外観が同じかは不明ですし、建て替えがされていない、という保証もありませんが、欧州では、内装だけ変え、建物そのものはなかなか建て替えることがありませんので、この玄関の感じを見る限り、建物自体はステーンハンマルの住んでいた時と同じなのではないか、と思います。(その辺り、お詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示お願い致します。)他の人にとっては普通の民家を前に、玄関からイケ面青年ヴィルヘルムが、自作の「Tirfing」のスコアをかかえて出て来ることろを勝手に一人で想像してドキドキ。2010_3_27bすると「Can I help you?」とジョギングしていた女性が声をかけて来ました。「いえいえ、大丈夫。ありがとうございます。」と慌てて答えると、その女性、にこやかにこの建物の中へ・・・思わず「あ、あ、すみません〜!」と声をかけ「ひょっとしてここに住んでいらっしゃるのですか?この建物、作曲家のステーンハンマルが住んでいたはずなんですけど。」と言うと、その女性はビックリ仰天。ステーンハンマル様が住んでいた建物の中で生活している方とお会いでき、なんとなく嬉しい気分。(親切な方だったので、意味ありませんが、更に満足。)右上は、向かい側にある建物です。ステーンハンマル宅現住人(?)の女性のお話ですと、こちらの建物はかつて、軍隊の建物でしたが、今は、色々な会社が入っているとのこと。
 左上は、近くの並木道、Karlavägenです。ステーンハンマルも見ていた風景でしょうか?ここから歩いて、今度は、ステーンハンマルが1924-25年に住んでいた住所へ。
2010_3_27c
 こちらが、1924-25年にステーンハンマルが住んでいたはずの建物。外壁の色はたいへん綺麗なので、おそらく、後に塗り替えられたと想像しますが、建物自体は当時のままだと思います。怪しまれないよう、周囲を見計らいながら、そぉっと中と覗くと、玄関から螺旋階段が見えました。2010_3_27dまたしても、他の人から見たら普通の民家をしみじみと眺め、味のあるダンディーなおじさまとなったヴィルヘルム様が自作の「Sången」のスコアを片手に玄関を出て来る姿をうっとりと想像。(やっぱり怪しまれていたかもしれない・・・)
 右は、近辺の写真。遠くに見える教会の塔など、おそらくステーンハンマルが毎日見ていた風景とそれほど変わらないと思います。
2010_3_27e
 こちらは、すぐ近くのフムレ公園 Humlegården。薬学者 シェーレ Scheele の銅像は、当時、既にあったはずです。
このベンチに座り、下の写真の景色を眺めつつ、作曲や演奏の構想を練ったり・・彼がしたかどうかは分りません。
2010_3_27f この日は、その後も、いろいろなことがあった日ですが、続きは次の記事で。

スウェーデン滞在記(12)

3月26日
 朝、ウプサラからストックホルムへ。この日は、日本で知り合ったヴィオラ奏者 ペーテル・エリクソンさんに、ストックホルム王立管弦楽団 Kungliga Filharmonikerna の子供達の為のコンサートに入れてもらうことになっていました。会場は、ノーベル賞の授章式も行なわれるコンサートハウス Konserthuset の大ホール。ストックホルム王立管弦楽団の定期公演が行なわれているホールです。会場に向かうと、小学校から来た小さな子供達(日本でいう小学一年生)が二人ずつ手を繋いで二列に並んでホールへ入っていきます。皆、楽しそうに引率の先生たちに先導されて歩いていました。
 プログラムは45分ほど。着ぐるみを来た3人の役者たちが、物語風に舞台をつくり、楽器を紹介しながらコンサートが進みます。6歳の子供達は、役者たちが何かする度に多少ざわつくものの、先生達に「シーッ!」と言われると、素直に静かになり、かなりお行儀よく席に座っていました。役者たちが「楽器の真似をしましょう!」と呼びかけると、夢中でバイオリンを弾く真似をしたり、太鼓をたたく真似をしたり、生き生きとコンサートを楽しんでいました。コンサートが終ると、拍手喝采で、オーケストラの生演奏をコンサートホールで聴き、大興奮のようでした。この日は、学校から団体で来た子供達の為に、午前中2回の公演。次の日は、ほとんど同じプログラムで、一般公開のファミリーコンサートが行なわれたようです。

 終演後、ペーテルさんが席まで迎えに来て下さり、舞台裏へ。そこに、どこかで見たことがある青年が赤ちゃんをおぶっている姿が・・思い切って「あのぉ、ピアニストのオスカルですよね?」と声をかけると、まさしく彼!5年前、当会のサロンコンサート・シリーズに井尻愛紗さんとのピアノデュオでご出演下さったオスカル・エクベリ Oscar Ekbergさんでした。コントラバス奏者の奥様がこの日の公演にエキストラで演奏されていて、オスカルは6ヶ月のお嬢様と迎えに来ていたのでした。ずっと連絡もとれていなかったので、思いがけない再会にびっくり。実は、二日後にオスカルの出演するコンサートを見つけてあり、チケットも予約してあったので、「コンサート楽しみにしています!」と言って別れました。

 ペーテル・エリクソンPeter Erikssonさん、そして同じく王立管弦楽団のチェリスト、クラース・ガッゲ Klas Gaggeさんと軽いランチ。スウェーデンの音楽家だからと言って、必ずしもスウェーデン音楽に詳しいとは限らないのですが、お二人は、スウェーデンの室内楽作品にも造詣が深く、いろいろお話しさせていただき、たいへん楽しかったです。とくに、チェロのクラースさんは、ステーンハンマルの弦楽四重奏はもちろん、ご自身の地元イェヴレGävle出身の作曲家 B. リンデ Bo Linde や、スウェーデンでも演奏機会が少ないと思われるL. ヌーマン Ludvig Norman の室内楽作品も演奏されるとのこと。「ステーンハンマルは偉大な作曲家だけど、彼の交響曲はヌーマンの交響曲からも影響を受けていると思う。」とおっしゃっていました。「日本ではヌーマン演奏していただけないのですか?」と言うと、「そんな機会があったらもちろん嬉しいけれど。」とのこと。「ヌーマンのピアノ四重奏曲はCDで聴いて大好きなので、一度、演奏してみたいのですが。」と言うと、ヴィオラのペーテルさんが「ピアノが入る室内楽曲といえば、ステーンハンマルの1楽章だけあるピアノ四重奏も美しい曲だよね。そうだ、日本でスウェーデンの室内楽フェスティバルしたらいいじゃない!」と。スウェーデンの演奏家と私たちのアンサンブルで、本当にそんなことが実現できたら、嬉しいものです!(運営スタッフ、熱烈歓迎募集中!)このように、私たちの活動にも関心を持って下さり、本番とリハーサルの合間を縫って、有意義な会話におつきあい下さったお二人には、感謝致します。

 その後、せっかく町中に出て来たので、買い物を・・・と思い、CDショップなどを探すも、12年前にあったはずの大きなCDショップ Megastore が見つからない!仕方なく、国立音楽図書館に寄ることに。Kia Hedellさんがたまたま受付にいらしたので、ストックホルムにあるCDショップを聞いてみました。彼女によると、インターネットのダウンロードが普及したこともあり、ストックホルムのCDショップはどんどんなくなっているそうです。彼女も良く分らない、ということで、図書館に資料閲覧に来ていたおじさまに尋ねることに。すると、Megastore は、つぶれたのではなく、移転したとのこと。地図で、どこにあるか教えていただきました。せっかくなので、楽譜屋さんも尋ねると、ストックホルムに唯一(!)ある楽譜屋さんの場所も教えて下さいました。
 確かに、12年前にストックホルムに来た時は、街を歩いていると、小さなCDショップや楽譜屋さんに偶然行き当たり、色々なお店を覗くことができたのですが、今回は、そういったお店に行き当たることは全くありませんでした。インターネットで便利になるのは良いことですが、手で触って目で見て物を選べなくなるのは、少し寂しい気もします。

 さっそく、教えてもらったCDショップ、Megastoreへ。デパートNKの裏手の通りMäster Samuelsgatan、本屋さん Akademibokhandeln の隣です。以前よりかなり小さくなったものの、クラシック・コーナーには、「スウェーデン音楽」の棚もあり、棚ごと持って帰りたい心境に。どうにか購入できるだけの数を選んでレジへ。こちらのお店、12年前にはTax Free ができたのに、できなくなっていてかなりショック。
 
 大量のCDをぶらさげて、王立オペラ劇場へ。チャイコフスキーの音楽を使ったバレエ「オネーギン」を鑑賞。2010_3_26
-------------------------------
『オネーギン Onegin』
音楽:Pjotr Tjajkovskij
振付:John Cranko
指揮:Yi Zhang

Onegin: Dragos Mihalcea
Lenskij: Oscar Salomonsson
Tatjana: Marie Lindqvist
Olga: Jurgita Dronina
---------------------------------
右は、オペラ劇場天井です。オペラ座設計図を持っている天使に注目!さりげないユーモアを感じる絵です。

スウェーデン滞在記(11)

3月25日
 この日は、ウプサラ室内管弦楽団 Uppsala kammarorkester のコンサート聴きに行って来ました。ウプサラは、ストックホルムから北に電車で30分ほど行ったところにある街。せっかくなので、一泊して少しゆっくりすることに。
 朝、ストックホルムを出発。電車でたった30分ですが、少し北に来たからか、ストックホルムよりかなり寒く感じられ、雪もずいぶん残っています。荷物をホテルに置いて、お散歩へ。
 まず、大聖堂 Domkyrkan へ。リンネ Linné(植物学者)などが埋葬されている立派な教会の中では、教会所有の彫刻や絵画とともに、現代のアーティストによる写真や造形作品も展示されていました。次に、グスタヴィアヌム博物館 Gustavianum を見学。ウプサラはスウェーデン最古の大学ができた学問の街。リンネやその弟子たちについて、解剖学の講義室の様子など、歴史あるウプサラ大学にまつわる展示の他、古代エジプトの出土品も見ることができます。2010_3_25その後、高台にあるウプサラ城 Uppsala Slottへ。ここからはウプサラの街全体が見渡せます。左は、ウプサラ城からの景色です。(ひときわ高い尖塔は、大聖堂)ウプサラ城の中にある美術館 Uppsala konstmuseumも見学。最後に、ウップランド博物館 Uppland museet へ。無料で入れる博物館ですが、様々な模型や写真が展示され、ウップランド地方(ウプサラがある地方)の生活の歴史が楽しく体感できるように工夫されていました。ウプサラには、他にもリンネ博物館 Linnémuseet やリンネ庭園 Linnéträdgården もあるのですが、5月から夏にかけてしか開いていないので、今回は残念でした。

 さて、セムラを食べて、いざ、コンサート会場へ。
 会場は、Uppsala Konsert & Kongressという、ホールや会議室が入っている文化センターの様なモダンな建物。ジャズ、クラシック、伝統音楽、電子音楽など、様々なジャンルの演奏会をはじめ、バラエティーに富んだ文化イベントが開催されているようです。(4月9日から11日には、日本の大衆文化をテーマにしたイベントも予定されていて、コスプレ大会も開かれた様です。)演奏会が行なわれる大ホールは最上階にあり、ホワイエが展望台のようになっていて、日が落ちたウプサラの街の風景を楽しむことができます。この日のコンサートは、ウプサラ室内管弦楽団 Uppsala kammarorkester による、シューマン生誕200年を記念したオール・シューマンプログラムでした。実演を聴く機会が少ない作品も入った興味深いプログラム。
-----------------------------
Roy Goodman(指揮)
Ronald Brautigam(ピアノ)

シューマン:
 序曲、スケルツォとフィナーレ 作品52
 ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

 序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調 作品92
   (ピアノとオーケストラの為の)
 交響曲 第4番 ニ短調 作品120(1841年版)
-----------------------------
多くのお客さんは、夫婦連れで、シーズン会員券のようなもので聴きに来ている様子。おそらく、毎回、同じ席なのでしょう。皆、定期のようなチケットを持ち、席では、前後左右の方々と挨拶し、世間話をしている様子。2010_3_25aホールは1000人強入る、多目的ホールのような様相で、音響的にはあまり好きになれませんでしたが、とても雰囲気の良いコンサートでした。

余談ですが・・・ホテルに戻り、ウプサラの夜景(右は、ライトアップされたウプサラ城)を楽しみつつテレビをつけると、ちょうどフィギュアスケート世界選手権、男子フリー演技を放映中。解説は、佐野稔さんの居酒屋解説っぽいノリで、意外と(?)賑やか。一人で変な意味で楽しんでしまいました。真央ちゃんの時が、どんな解説だったか、聞きたかったものです・・・(本質とは違う意味で)

スウェーデン滞在記(10)

3月24日
2010_3_24 この日は、王立オペラ劇場 Kungliga Operanの資料を見せていただきました。日本からメールで問合せをし、この日の朝10時に行くことになっていました。指定された入口から入り、受付に名前を言うと、まもなく、メールで何度かやりとりさせていただいた担当の方が来て下さいました。「何を調べたいのかしら?」と聞かれたので、「ステーンハンマルの時代のオペラ劇場のレパートリーを知りたい」旨、お願いしました。担当の方は、ちょっと考えて、「こんなので役に立つかしら?」と、王立オペラ劇場でプレミエを行なった演目の記録集の本を出して来て下さった後、年代順にファイリングしてある公演ポスターのコピーが置いてある本棚に案内して下さいました。そんなものを見せていただけるとは思わなかったので、大喜び。そこは、楽譜を揃えたり、コピーしたり、それを取りに来るスタッフ(合唱団員?)がいたり、と様々な事務的作業をしているところでしたが、その一角に、私が資料を閲覧できるスペースも作っていただきました。というわけで、調査開始!
 まずは、ステーンハンマルが登場しそうな1900年近辺のポスターをチェック・・・1898年に名前を発見。1898-99,1899-1900,1900-01のシーズン、そして1924-25のシーズンのポスターを一枚ずつ見て、ステーンハンマルが指揮をした演目と日にちをチェックしました。ご興味がある方は、彼が指揮をした演目とその回数を下記に纏めましたので、ご覧下さい。(ただし、一回だけチェックし、見直していないので、多少の数え間違いがあるかもしれません。ご了承下さい。でも、だいたいの様子はお分かりいただけると思います。)
「1898-1899年シーズンの記録」をダウンロード
「1899-1900年シーズンの記録」をダウンロード
「1900-1901年シーズンの記録」をダウンロード
「1924-1925年シーズンの記録」をダウンロード

 さて、今回のポスター閲覧で、私が思わず「うわ!」と独り言を叫んでしまったコンサート曲目は、下記のものです。
----------------------
●1925 年1 月16 日「スウェーデン・コンサート Svensk Konsert」
(指揮:W.ステーンハンマル)
ベールヴァルド F. Berwald:歌劇『ソリアのエストレッラ Estrella di Soria』への序曲
アウリン T. Aulin:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ハ短調 (ヴァイオリン:Gösta Björk)
ルーセンベリ H. Rosenberg:教会シンフォニア Sinfonia da chiesa 作品17
ステーンハンマル W. Stenhammar:カンタータ『歌 Sången』
-----------------------
このブログを見て下さっている方々にとっては・・・想像するだけで、鳥肌が立ちそうな演奏会ですよね!タイムマシンが欲しい、と切実に願うのは、こういう時です。

ポスターをチェックしていて、一つ気になったことがありました。1898年〜1901年の間のポスターでは、指揮者の名前の前にタイトル(肩書)が書かれているのですが、ステーンハンマルの名前の前は、Hofkapellmästare(宮廷楽長)ではなく、単なるHr(英語のMr.にあたる)であることです。(1924-25年のポスターでは、指揮者の表示は全員、名前のみで、タイトル表示はありませんでした。)その部屋にいた方々に、この表示の違いを聞いてみましたが、誰もはっきりしたことが分りません。おそらく、Hr. の場合は、常任指揮者でなく、ゲスト(客演)だったのでは?ということで、担当の方が王立オペラ劇場のメンバーリストを出して来て下さいました。
 それを見ると、ステーンハンマルは1898-1900の間は、おそらく客演だったと思われますが、1900-1901年のシーズンは、王立オペラ劇場に指揮者として雇われていることになっていました。ただし、3人いる指揮者のうち、名前は一番下。下記は、リストに書かれていた指揮者の名前です。
---------------------------------
●1900-1901年の 指揮者(楽長) Kapellmästare
Nordqvist, C. (Förste Hofkapellmästaren 第一宮廷楽長)
Henneberg, R. (Hofkapellmästaren 宮廷楽長)
Stenhammar, W. (Hr)
※( )内は、ポスターに書かれていた名前の前のタイトル
-----------------------------------
そして、リストの中に次にステーンハンマルの名前が出て来るのは、1924-25年のシーズン。
-----------------------------------
●1924-1925年の 指揮者 Kapellmästare
Järnefelt, A
Grevillius, N
Stenhammar, W. (extra)
※この(extra)は、メンバーリストの中に書いてありました。“エキストラ”ということですので、代理、非常勤、という感じでしょうか?
------------------------------------
後日、王立オペラ劇場の公演にも足を運びましたが、こちらの最上階ホワイエにある代々の指揮者たちの肖像画の中に、ステーンハンマルの姿は見つけられません。それは、彼が一回も「第一宮廷楽長(指揮者)」になっていないからだったのです。

結局、気づくと4時間以上、ノンストップでポスター集に見入っていました。まだまだ見たいものもあったのですが、次の約束もあり、仕方なく中断。1901〜1924の間をチェックすることができず、たいへん残念でしたが、また次の機会に。でも、ポスターの文字を見ていると、当時の様子のイメージも湧いてきて、ステーンハンマルがどのような音楽作品の指揮をしたのかを知った事は、今後、彼の音楽作品を音にする上で、大きな助けになると思います。

この日は、その後、10年以上前に宿泊したホテルのレセプションにいた女性にランチのご招待を受けていました。彼女は、私がスウェーデン音楽の資料探しにスウェーデンに来たことを知って、その後も、北欧音楽関係のテレビ番組の録画ビデオを何度か送って下さったり、いつもたいへん親切にしていただいていました。人間の繋がりというのは、本当に楽しく、貴重なものです。

その後、メールで予約してあったBo Wallner のステーンハンマルの伝記全3巻を取りに古本屋さんへ。このお店、なんと、水曜日〜金曜日の午後4時〜6時しか開いていません。ここまでピンポイントでしか開いていないお店はあまりないかもしれませんが、でも、アンティークのお店は、午後しか開いていないところが多いようです。予約した本は、たいへん状態の良い本で大満足。

夕方は、ベルヴァルドホール Berwaldhallen へ、スウェーデン放送交響楽団のコンサートを聴きに。この日のプログラムは;
---------------------------------
マルティヌー:オーボエ協奏曲
メンデルスゾーン:交響曲 第3番『スコットランド』
(指揮:Krzysztof Urbanski オーボエ:Jakob Koranyi)
---------------------------------
 1時間強の、わりと短めのプログラムで、休憩はなしでした。どうやら、スウェーデン放送交響楽団の定期演奏会は、金曜日〜週末は少し長めのプログラム(おそらく休憩も入れると思います)、その他のウェークデイの夕方の演奏会は短めのプログラムで行なっているようです。今回のスウェーデン滞在では、多くの演奏会に行きましたが、比較的、プログラムが短い演奏会が多かったように思います。ヨーテボリで会ったギタリストのマーティンも「今日、前半40分、後半40分の曲目でやったら、少し長いと言われちゃった。東京やロンドンだったら、全く問題ないけれど、スウェーデンだと、ちょっと長かったかな。」と話していました。11年前、12年前に私がスウェーデンを訪れた時には、感じなかった点なので、これも、ひょっとすると最近のスウェーデンの傾向かもしれません。
 ウィークデイの夜でも、次の日の仕事の為の体力のことを気にせず、お客様に「楽しむ」為にコンサートに足を運んでいただく為に、プログラムの長さについても工夫することも、演奏会企画の上で1つのポイントかもしれません。

2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ